性染色体が決める雄と雌。女は「X、X」で、男は「X、Y」だ。男を決めるY染色体は雄にするための遺伝子ぐらいの役割しかないらしい。

LGBTにほとんど関心はないが、性染色体の役割の基本を分かりやすく解説する対談があったので紹介します。免疫学者多田富雄氏と宗教学者山折哲雄氏の対談から。(「人間の行方」文春ネスコ

 

この解説を聞いても、だから何?、なんですが、その性染色体の働きのちょっとした間違いが今の世の中を訳が分からなくなってしまっているんですね。

 

    

  免疫学者多田富雄氏   宗教学者山折哲雄氏

多田富雄…ようするに精子と卵子が結合することで、ひとつの統合体としての人間の潜在能力が生まれる。それはたしかです。父親由来の違伝子と、母親由来の遺伝子が、一対になるわけですから。

一般には同じ遺伝子が一対あるわけだから、片方になにか障害があっても、もう片方で補償してしまうので、あまり遺伝子の障害が外にはあらわれないというわけです。

ところが、性染色体だけは、雄と雌でちがいます。雌のほうは、X染色体がふたつある。つまり一対あるわけです。それにたいして雄のほうは、X染色体が一本とY染色体が一本ずつはいっている。

Y染色体のほうは、実際はあまりたくさんの役割を果たしていない。形も小さいですし、生きるために大事な役割をしている遺伝子はそれほどのってない。その個体を雄にするための遺伝子ぐらいしかのってないのです。

 

ところがX染色体のうえには、ズラリと大事な遺伝子が並んでいる。女性はその大切なX染色体をふたつもっていますから、片方の染色体になにか異常があったとしても、もう片方の染色体のうえにのっている遺伝子が補償してしまいます。ですから、伴性遺伝と呼んでいる男にだけしかおこらない病気がたくさんあります。たとえば色盲や血友病など、男にだけ頻発する遺伝病があるのです。男と女の差には、こうした病気に対する感受性のちがいもあります。

Y染色体のほうは、基本的には性器の原基から睾丸をつくって、その個体を雄にするだけの働きしか持っていません。子宮のなかで胎児が発生してゆく途中でY染色体にのっかっている雄にするための遺伝子が働き、アンドロゲンというホルモンがつくられる。そうすると、性器が雄の形になるし脳の構造も男のものに変わるんです。

もしY染色体が動かなければ、すべての人間は女になっちゃう。もともとは性器の原基は女になるようにできているんです。Y染色体は女になるのを無理やり軌道修正して、雄にしちゃうのです。それと同時にY染色体が働いて、アンドロゲンをつくりだし、脳の構造を女のから男の脳に変える。すると、思春期になると女性が好きになり、男らしい行動とか、男らしいものの考え方がでてくるんですね。

したがって、個体を男にする働きをもっているY染色体は、結果として、男の脳と女の脳の区別まで作っていることになります。

 では、女と男の脳はどうちがうか。

女の脳は、右脳と左脳が脳梁というところで広くつながっているから、右脳の働きと左脳の働きがうまくバランスがとれているといわれます。たとえば感情と知性というようなものがお互いにつながり合って働くことができる。

それにたいして、男の脳は右脳と左脳をつなげている部分が貧弱なので知的な能力が独立して発達して、それが感情とうまくバランスがとれないとか、総合的に物事が見られないとか、そういうことがおこってくるといわれています。

(中略)

Y染色体のおかげで、胎児期に脳が女型から男型に変わるわけですが、それがうまくゆきませんと、Y染色体をもっていて、つまりからだは男だけれど、脳の働きの一部は、女、女としての自己同一性をもつという事態がおこりうる。いわゆる性的同一性障害です。そういう方は、自分を女だと思うようになるわけです。みずからが男のからだをしていて、社会的に男として扱われることにひどい苦痛を感じるようになります。女性を性的なパートナーを見ることもできなくなる。その逆もあります。

 

山折哲雄 その場合は、遺伝子は男だけれども、脳の働きが女だということですね。遺伝子と脳の関係が、そこで矛盾してくる。

 

多田富雄 ええ。セックスとジェンダーという分け方をしますけれども、セックスのほうは、Y染色体のおかげでちゃんと睾丸もあって外見上は男なんですが、脳が女型になっているおかげで、女を好きになることができなくて、男性が好きになる。自分の精神的なアイデンティティは男になっていないわけですね。

そういう場合には、これも遺伝的な、DNAで決定されている性のしがらみを乗り越えて、自分がどうしても女になりたいと思えば、女になるべきだとするのが、いまの考え方です。

 

山折哲雄 それを決定するというか、性の不同一性かどうかということは、それもまたDNAが決定するということではないんですか。

 

多田富雄 DNAではありません。そのメカニズムを説明すると、性のアイデンティティにかかわる脳の構造がつくりだされるある一定の時期に、Y染色体からの指令で、アンドロゲンというホルモンが放出されるんです。その性ホルモンを浴びることによって、脳のなかで性のアイデンティティにかかわる部分が変化するのです。視床下部というところにある内側核という、神経細胞が集まっているところが四つあります。そのひとつがアンドロゲンを浴びると大きく保たれるのですが、浴びないとの細胞の一部が死んでしまう。そうすると、雌型の脳になってしまう。同性愛の男性ではこの部分がヘテロセクシアル(男性愛)の人の半分以下であるという報告もある。

ですから遺伝子できまっているわけではなくて、その子どもが母親の胎内で発生してくるある一定の時期に、母親の胎内環境にあるホルモンに晒(さら)されるかどうかで決まるらしいのです。

第一次世界大戦のころ、空襲に晒されていた時期に胎児だった男性に同性愛者が多いという調査結果もあるのです。その時期に母親が精神的なストレスを受けて、そのために胎児のなかでホルモン分泌の障害がおこって、胎児の脳の男性化が達成されず女型になってしまった。そういわれています。

(後略)」

「人間の行方 二十世紀の一生、二十一世紀の一生」多田富雄×山折哲雄 文春ネスコより