首相秘書官の発言問題を炎上させたのは、首相攻撃の糸口というようなちゃちな目的ではなく、LGBT理解増進法案を早期に成立させ、これをきっかけに何度も葬られた「人権擁護法案」をもう一度復活させることにあるとみた。
つまり、言論の封殺及び抑圧装置の完成、つまり全体主義社会の構築への大いなる一歩だ。
このことを言葉に直接表すことができない雰囲気が出来上がっているので、怖くて言えないからなるべく他人の言葉を引用することで、わかってもらうことにしたいが、今首相秘書官の発言問題をきっかけに言論抑圧しようとしているのは、そのこと自体の差別廃止を目的にしておらず、それは手段でしかなく、目的は別にある。
元参議院議員で、自身もゲイであることを公表した松浦大悟氏が本を書いている。
「LGBTの不都合な真実 活動家の言葉を100%妄信するマスコミ報道は公共的か」(秀和システム)
Amazonの宣伝文句を引用する。
「性的少数者を表すLGBTに対する差別や権利擁護が社会問題としてマスメディアで大きく報道されるようになった。しかし、一方で、LGBTに対する無理解や差別が大規模な炎上事件に発展するケースも増えてきている。
社会的な無理解や差別は、当然是正されるべきである。だが、少しでも自分たちと意見の異なる相手に対して「差別主義者」というレッテルを貼り、SNS上で激しく攻撃や罵倒を繰り返す、という状況は生産的ではない。
本書は、自身ゲイであることを公表している元参議院議員の著者が、このような現状を打破し、異なる考えを持つ人々とも対話の回路を確保するために、あえて急進的LGBT活動家が触れたがらない不都合な真実もあぶり出し、保守の立場からの新しいLGBT論を提唱する。
【目次】
第1章 『新潮45』騒動とは何だったのか
第2章 LGBT活動家の言葉は、常に正しいのか
第3章 LGBTをめぐる報道と現実の落差
(以下略)」
松浦氏の著作の紹介文であるこの言葉
「社会的な無理解や差別は、当然是正されるべきである。だが、少しでも自分たちと意見の異なる相手に対して「差別主義者」というレッテルを貼り…」
これが毎日新聞その他左翼の目的である。
「差別主義者」というレッテルを貼れば、怖いものがない。他人の言論は抑圧でき、社会的抹殺も可能となる。こういう社会を彼らは作りたいのであろう。
稲田朋美のような過去はバリバリの保守だったものがいつの間にか相手勢力に取り込まれて、アホ左翼の代弁者に成り下がり、「LGBT理解増進法案」なるものを積極的に推進してきた。
当時はまだ安倍元首相も健在であり、こういう法案の危なっかしさに、自民党議員も理解を示し、反対していた。
(ニュースより)
「岸田首相の側近・荒井勝喜前首相秘書官による同性婚に関する差別的な発言を受け、自民党内でLGBT=性的マイノリティの人たちへの理解を促す「LGBT理解増進法案」の提出・成立に向けた動きが加速している。
「差別許されない」に自民内で反発
なぜ法案は国会に提出されなかったのか。それは自民党内で起きた強い反発だった。
おととしに稲田氏が各党とまとめた法案には、「性的指向および性自認を理由とする差別は許されない」という文言が入っていた。この文言に対し自民党内から反発が出たのだ。前回の法案の内容で国会に提出しようとすると、議論が紛糾するおそれがある。
いったい何が問題なのか。
当時この文言に反対した西田昌司政調会長代理は7日、こう語った。
「『差別を禁止する』といった法的な措置を強化すると一見良さそうに見えるが、逆に(LGBT以外の人たちへの)人権侵害の問題が出てきて社会が分断される。党内の合意形成の手続きを慎重にやるべきだ」。
例えばおととし、党内ではこんな議論が持ち上がった。
男性なのに、「自分は女性」と偽って女湯に入ってきた場合、どうするのか。
仮に「差別を禁止する」といった文言が法律に書かれていた場合、これを禁止した際に「差別を受けた」として訴訟に発展するのではないかという懸念からである。(後略)」
(引用終わり)
しかし、今回の炎上騒ぎでは、西田昌司議員のような正論はあらゆる方面から叩かれるに違いない。
「空気」、この日本独特な概念である「空気」、同調を強要する「空気」。これが首相秘書官発言問題で作り上げられた。
毎日新聞はこれをある明確な目的のために意図的に作り上げた。そして、それは瞬く間に「空気」となって感染・拡大した。新型コロナのように強力な拡大。もうこの「空気」に反対することは不可能である。対処薬はない。ワクチンもない。感染していない者はただ「沈黙」するのみ。マスク着用に反対すれば、非国民となってしまったように、この「空気」に反対するのは非国民というより、「人間」として認められないのだ。「沈黙」のみ。
彼らの目的は、はっきり言って「社会的な無理解や差別を是正すること」ではない。表面的にはそう主張するかもしれないが、真の目的は「自分たちと意見の異なる相手に対して「差別主義者」というレッテルを貼る」(松浦氏著作のAmazon紹介文)ことが目的である。
つまり言論弾圧にこれが一番都合がいいのである。テレビは連日「差別、差別、差別」と連呼するのである。そして多くの識者と呼ばれる付和雷同者たちがバカの一つ覚えのように「差別反対」を繰り返し、この「空気」の厚みを増すように行動するのである。そうしないと、識者はこの社会で生き残れないからである。これが全体主義社会と言わずしてなんというか。
彼らが進めようとする(と私が勝手に想像する)包括的な「人権擁護法案」は、「政府から独立した人権委員会」(3条委員会)という独立かつ強力な権限を持つ組織が置かれることになっている。
「「3条委員会」とは、人事院や公正取引委員会などのように「形式的には内閣のもとにありながら、実際には内閣の指揮監督を受けず、独立して職権を行使する行政機関」を指す。つまり内閣の統制が及ばず、それゆえ内閣を通じて国会がコントロールすることもできない強力な地位と権限が認められ、 委員には「意に反して罷免されない」身分保障まで与えられている。」(百地章)
そして、差別の概念が全く曖昧で、恣意的に決めることが可能となっている。告発は俺が自由にやるのだ、と。
「従来の「差別的言動」に代えて「差別助長行為」を禁止しているだけだが、 実体は変っておらず、憲法で保障された表現の自由を侵害し、自由社会を崩壊させる危険がある 。
①法務省の説明では、「差別助長行為」とは、「人種等」を理由とし、「不当な差別的取扱いを助長・ 誘発することを目的」として、「情報」を「文書の頒布・掲示等の方法により公然と適示すること」 とされている。しかし、これは「差別的言動」の取り締まりそのものである。しかも「差別的取扱い」 の定義がなされていないため、人権委員会独自の判断で、表現活動を自由に取り締まることが可能と なる。これは、曖昧不明確な基準をもとに表現の自由を規制し、表現活動を委縮させるものであって、 憲法21条に違反する。」(百地章)
「この制度では、人権侵害の訴えがあると人権委員会は速 やかに対処しなければならないことになっており、次々と出されるであろう「人権侵害救済の申し出」について、申し立て人の一方的な主張だけをもとに人権委員会が中立公正な判断を行うという保証は何もない。それどころか、「政府からの独立」を理由に、一切のコントロールを受けないまま、人権委員会が暴走する危険さえはらんでいる。」(百地章)
この百地章氏の人権擁護法案の解説を読むと、人権侵害や差別については、「人権委員会」が申し出に基づいて恣意的にかつ強権的に容疑者を取り締まりができる仕組みになっている。
そして、平成24年に書かれた日本会議のオピニオンには次のように書かれている。
「…政府が進める「新たな人権救済機関」は、共産国家の秘密警察を新たに作るようなもの。しかもこれは、内閣から独立し強大な権限を有する言論監視機関です。日本が独裁国家同様の、言論統制国家になっても良いのでしょうか?
今、「人権救済」という美名の下に、私達の大切な思想・言論の自由が奪われようとしています。」
こんな危険なゲシュタポ国家法案を自民党(党内左翼)が作っているのである。しかし、いつも危ないところで法案成立を回避してきたわけだが、左翼勢力にとっては、よだれが垂れるほどおいしい仕組み・制度なのである。今回の騒ぎがこれを目的にしているのは、普通の想像力があれば見通すことが出来るはずだ。
そういう意味で、毎日新聞の今回のオフレコ破りはホームランであり、といって偶然打ったホームランではなく、用意周到に練り上げられ、その網にアホな官僚が嵌(はま)ってしまったということだろう。
世の中は悪い方へは簡単に進む。良き方へは進んだためしがない。