栃ノ心は一番相撲らしい相撲を取るので、昔から応援している。この2場所ほどは太ももやひざの怪我で思ったような相撲を取れず、不甲斐ない結果に終り、遂に大関を陥落してしまった。

 

今場所は怪我も治ったのか、調子もよく7連勝して、このまま行けば大関復帰どころか、優勝も期待できるとワクワクして見ていたが、何故か大事な勝ち越しを決める一番で、今場所は弱くて不甲斐ない遠藤に簡単に負けてしまった。

 

右ひざを強く打ったし、ああ、これはいかんな、と。心の弱さが今後の取り組みに影響するかもしれないと心配したが、貴景勝戦は不戦勝で儲け、御嶽海にも簡単に押し出せたので、これでもう大丈夫。

あと5日のうち1勝すればいいだけだ、これで大関復活も確実だし、うまくすれば優勝できると思った。

 

しかし、阿炎は鬼門だ。今場所はのど輪と突っ張りと工夫のない面白味のない相撲ばかりだが、何故か勝ち進んでいる。これは嫌な予感がする。

因みに私の予感は結構当たるのである。この取り組みも栃ノ心は負けるだろうと予測したら、案の定負けてしまった。次の明生も負けるかもしれないと予感をしたら、またまた当たってしまった。

 

これまでの栃ノ心の強さはどこに行ったのか。全く心が負けている。勝負というものがこれほどメンタルが影響するとは。もう栃ノ心は誰と取っても勝つ気がしなくなった。もう心配で怖くてテレビを見ていられない。

朝之山戦も負けるだろうと思い、見なかった。ニュースでは物言いがついてやはり負けとなった。際どいところでかかとが先に出たと判定されて、もう崖っぷち。

今日は鶴竜と勝負だが、栃ノ心が勝てば大関復帰と朝之山優勝が決まる。朝之山の優勝はどうでもいい。

栃ノ心の大関復帰を掛けた一番だけが関心事だ。

 

そのとき、不思議に私は栃ノ心は負けないだろうと感じていた。負けるかもという嫌な予感は微塵も起きなかった。そしてその通りになった。思わず、テレビに向かって「やった!」と叫んだ。

 

勝ち方は栃ノ心らしくなく、逃げに回って、左に飛んだ。一瞬ずるい勝ち方だなという気持ちがよぎったが、栃ノ心の「絶対に勝ちたい、何としても勝ちたい、汚い手を使っても勝ちたい!」という気持ちが体全身から溢れていた。そう、何としてでも勝つべきであり、その結果勝ったのだ。勝負の世界だから、反則でない限り、横に飛ぶのも技のうちだ、これでいいのだ。

 

    大関になったときの栃ノ心

栃ノ心は怪我により負けるのはやむを得ないのだが、心が折れたのが見え見えの取り組みについては十分に反省しないといけない。

今場所の前半戦は恐らく大関復帰のことばかり考えての取り組みではなかった。無我の境地での取り組みに思えた。大関復帰のための取り組み、ということでなく、一番一番しっかり相撲を取っていこうという気迫が見えた。欲が無かった。だから勝てた。

 

しかし、遠藤に負けて以来、大関復帰が目前に迫ったために、下手をすると、という弱気の虫が出た。そして自分の相撲を忘れた。だから連敗した。恐らく、栃ノ心自身も誰と取っても勝てる気が全くしなくなったのではないか。

 

今日の取り組みは捨て身だった。相撲内容を捨てて、勝つことだけに集中した。褒めた取り組みでは全くない。しかし、栃ノ心としてはこれしかなかった。

 

来場所も下手をすればすぐにカド番大関になってしまう。そうするとまた自分の相撲が取れなくなる。

大関の地位を確保することを目的としてはいけない。大関陥落してもいい、というよりそういうことを考えることすらいけないことだ。もっと無我の境地になって一番一番いい相撲をとることに専念すべきだろう。そうすれば立派な力士として名を残すことができるに違いない。

 

ずっと応援してるよ、栃ノ心!頑張れ栃ノ心!