
http://www.hinagata-mag.com/report/12678
この記事を見て、
貼り付けられた動画を見て、
思い出したことがあります。
それは学生時代。
私の中にはまだ『障がいを持ってる人のことはわからない。でも、何かしてあげなくちゃいけないんだろうな。』
そんな思いがあった頃のお話。
支援、というものをするつもりで、または、その方法を学ぶつもりで訪れた社会福祉施設。
それから特別支援学校。
「介護等体験」という名の、教員資格に関わる体験研修。
もちろんながら、学校で受けた説明で、どんなものかを理解するには至らず、初日を迎えたわけです。
結論から言うと、私はこの体験を経て
『わぁー、生きてる!』
という感覚を学びました。
当たり前、と思った人が多いでしょうね。
ええ。
みんな生きてるんです。
ただ、それだけなんです。
それがものすごくシンプルに目の前にあるんです。
感情を包み隠さず表現する人や、
ただひたすらに何かに打ち込む人、
言葉は発しないけれど、目配せで伝えてくる人、
同じ行動を繰り返すことで安心感を得ようとする人。
まだまだ書き足りないくらい、いろんな人がいました。
いろんな人が
生きていました。
『どう接したらいいだろう。何を支援したらいいだろう。』
この考えは、とても傲慢でした。
何かをしてあげることが前提だからです。
ただ、そこに『在る』ことに寄り添うだけでよかったんです。
出会って間もない頃に、相手のことがわかるなんて、そんなことはほぼほぼ不可能です。
知らずに怒らせてしまうこと、むくれさせてしまうこともあります。
事前の話が不十分であれば、怪我させてしまうこともあるかもしれません。
ただ、
わたしは、
それでもいいと思うんです。
何が大切って、
『人と人として向き合う』
ことだと思うんです。
とても恥ずかしい話ですが、その体験が始まった初日、一人の男の子が私の手を握り、ブランコまで連れて行ってくれました。
男の子の手はよだれでベタベタでした。笑
でも、その時、
『わ!あったかい!』
って思ったんですよね。
当たり前なんです。
どんなに振り返っても、どうも当たり前なんです。
でも、私はそこで、『あったかい』をわざわざ捉えたんです。捉えざるを得なかったんです。
スルーできない感覚だったんです。
なぜだと思いますか?
わたしはこう思います。
きっと、意外だったから。驚いたから。
相手も人です。
手を握ればもちろん温度を感じます。
でも、それが意外だったんです。
意外だったんです。驚いたんです。
だから、感覚に引っかかりを覚えて、捉えてしまったんです。
私、無意識のうちに、きっと線を引いていたんだと思います。
健常者/障害者って。
その線にすら気づかなかったから、無意識に上から目線で
『してあげなくちゃ』
って、勝手に思ってたんだと思います。
でも、違ったんですよね。
わたしも、その子も、
ただ、ただ
そこに
生きている
だけなんですよね。
温度があって、感情が動いて。
そこに存在していることを改めて感じた気がして。
私の忘れられない瞬間の一つです。
生きている、ってことに実感が持てれば、その時間の尊さがきっと理解できます。
そうなれば、自分の人生を大切に生き始めます。
自分の人生を大切に、丁寧に生き始めると、なぜかたくさんの人に、ものに目が向けられるようになります。
すると、それらを内包する『環境』を大切にしたくなるから、多くのものに優しくなります。
だから。
だから。
生きている
実感を持って
今を
過ごす人を
たくさん育てたいんです。
自分自身も、常にそれができるようになりたいんです。
そして、無意識に生きる、っていうことの悲しさや寂しさから卒業して、
自分という命を生きられる人を増やしたいんです。
この手も、目も、足も、声も、どれもこれもすべて
わたしです。
あなたの手や、目や、足や、声は…?
さてと。
今日も存分に生きましたか?
明日も目一杯生きましょう。
読んでくれた人、どうもありがとうございました。
with big hug.
emi.