アルルのサンレミ精神病院での毎日は耐え難い牢獄とゴッホは感じてきた。そこで、1890年5月より弟のテオの紹介でパリ西北のオーヴェールのガシェ医師の診察と治療を受けた。
ガシェ医師はピサロやセザンヌなどの印象派画家との交流があり美術愛好家であった。ガシェはゴッホに肖像画を依頼している。この上の絵が「ガシェ医師の肖像」である。左手前にジギタリスの植物を描いた。ジギタリスは紫色の手袋の形をした花の植物で、1785年にウイザーリングが葉の抽出物浮腫に有効と報告している。花は紫や赤や白である。現在はジギタリスの成分のジゴキシンは心臓病の治療に使われる。しかし、この浮腫に有効であるとのことで、当時の治療ではジギタリスは癲癇や痙攣や躁病などの精神病治療に使われた。コノガシェ医師のゴッホに大量のジギタリスを投与している。ガシェ自身がジギタリスの精神科での使い方の論文を書いているのだ。このジギタリスは黄視症だけでなく副作用が多い。ガシェ医師も知っている。しかし、ゴッホのコントロールできない精神の不安定さを治療し、痙攣発作などの精神症状を抑えるのにやむを得ず適用量を超えるジギタリスを投与していた。
ゴッホはジギタリスの内服で、ものが黄色く見えることの見え方がおかしいことや体調がおかしくなっていることから、治療薬のジギタリスの副作用だと分かっていたようだ。ガシェ医師の前のジギタリスの色だが、本来は色が赤い。しかし、青色となっている。これもジギタリスの副作用でゴッホは正確な色を把握できなかったと言える。
多くの評論家がガシェ医師の下に描いたジギタリスを、医師の象徴で描いた、と述べているが、これは間違っている。ゴッホは風変りでもあったガシェ医師を全幅で信頼していたわけでは無い。この為に、ジギタリスを飲まされていた証拠に、絵の中に紫ジギタリスを描いた、というのが真実であろう。
また、ガシェ医師の診療録を見ると、ゴッホには、精神分裂病、双極障害(躁うつ病)、神経症、癲癇、梅毒、淋病、アルコール中毒、日射病、との診断名がある。(続く)
