図1.幽霊船(嵐の中の船)、パステル画、1857年、オルセー美術館、パリ

 図1を見てみよう。これを描いたシャルル・メリヨン(1821-1868)は19世紀のフランスで最も優秀なエッチング版画家として知られている。これは、「幽霊船」と題されたパステル画だが、オルセー美術館展示作品中でも妙な印象をもたれる絵である。

 この絵を見ていると、空の色に黄色味が強い。海の色に青味が強く緑色の要素が欠けている。全体には褐色に見える。色味が少なく感じるであろう。実はこれは典型的な色覚異常者の見え方の特徴を持った絵なのである。

 色覚異常、全色盲とか、もっと多い赤緑色盲や色弱というのが、以前は医学部入試などでは、不適格者とされていた。いまは、この色弱や色盲を差別してはいけないという社会的な認識が出てきて検査はされなくなった。これはまた逆に、色覚異常者を陰に隠れた差別へと追い込んでいる。色覚異常者の見え方やその理屈を知ることで、本人やその周囲の者のより正しい理解が進むはずである。今回はこの色覚異常について述べてみよう。

 

『人間はいかに色を感じるか。』

 

 人間の色を見る仕組みについて簡単に述べる。色の情報のもともとの光は、物に反射したり、透過したりして進む、波長と方向性を持った電磁波である。光は眼の網膜に届く。網膜はカメラのフィルムのようなもので、光の電磁波により視細胞の蛋白質を分解して、そこに電気信号を起こす。視細胞には暗闇で光を感じる為の桿細胞が1億個ほどあり、明るいところで物を見る為の錐体細胞が700万個程ある。色を感じるのは錐体細胞であり網膜の中心部分に集まっている。

図2、 赤線のL錐体細胞は赤、橙、黄、緑の波長に、緑線のM錐体細胞は黄、緑、青に、青線のS錐体細胞は紫、青に感度がある。また、黒点線の桿体細胞(R)は、(暗闇での)暗順応後に光を感じるだけである

 人間の網膜には3種類の色を感じるための錐体細胞がある。長い赤色波長に感受性のあるL錐体細胞(赤錐体)、中間の緑色波長に感受性のあるM錐体細胞(緑錐体)、短い青色波長に反応するS錐体細胞(青錐体)である。外から来る光の波長に合わせて、3種類の錐体細胞の蛋白質が分解して電気信号を起こす。図2のように、3種類の錐体細胞の感受性はそれぞれが重なっている。L錐体は赤、橙、黄、緑の波長に感度があり、M錐体は黄、緑、青に感度があり、S錐体は紫、青に感度がある。光が当たることでそれぞれの錐体の蛋白が分解して電気信号を出す。光の波長の違いで3つの錐体の反応刺激に偏りが出るために、脳がその3つの電気信号の差を受けて、最終的に“色”として認識する情報となる。

図3;後脳の領域

 光波長を網膜の錐体視細胞が電気信号に変えたものは、視神経を経由して脳内の外側膝状体に行き、ここで多くの要素に分解され、脳の後ろの場所の後脳皮質へと運ばれる。この場所をV1もしくは一次視覚野という。物を見るとは脳のこの視覚野でまず電気信号を受けることから始まる。V1の細胞には例えば赤の波長での電気信号を受けて、それに反応する特定の細胞が決まっている。脳で受けた信号情報は、長さ、傾き、色,明度などの細かく分解して、神経細胞一つずつに分類要素として記録される。

 図3のV1の周辺を取り囲む場所が、視覚連合野と呼ばれる後脳皮質である。この場所がV1で見たものを理解する場所となる。このうちの色彩中枢がV4と呼ばれている。例えば、脳腫瘍や脳梗塞でV4が傷害されれば、色を見ることも理解することもできない。色が存在しないのである。

これらの視覚連合野の情報がさらに視覚の全ての情報が重ね合わされる。この要素は再度組み立てられ意味を持った情報に変えられ前の脳細胞へ信号が送られる。 

これが経験を蓄積した前頭葉の記憶との比較統合が行われて、より高次の美的感覚へと結びつく。この情報が色彩ならば、過去に学習した色彩への記憶に基づいて判断した結果、色を見たことになる。つまり、色は誰にでも同様に起こる痛みのような感覚行為ではない。学習後の記憶と照らし合わせた判断行為である。つまり学習によって色は異なって見える(感じる)。

 いずれ、この色感覚の学習による認知を、色彩派のマチスらの作品で評論してみようと思っている。しかし、この色覚解釈の問題も重要だが、今回はこの感覚器が病的な状態になった、錐体細胞の機能欠損による色覚異常の画家のメリヨンの場合について考察したい。(続く)