旧約聖書の最初の方に、
「我々に型どり、我々に似せて、人を造ろう。
そして、海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うもの全てを支配させよう。」
と、あります。。

以前に、
「ペットのことばが聞こえますか」(モニカ・ディードリッヒさん~たま出版)
という書籍を読みましたら~

旧約聖書のこの「支配」というのは誤訳で、本来は「交流」ではないのか?的に書かれていた。。
確かに、そうかもしれない~
宇宙は、魂の自由を保証しており、あらゆる魂が様々な学び(経験)が出来るように、交流の機会を与えている。。

大なり小なり、「支配」の概念があるところには、「恐怖」や「依存」しか生まれず、また、その副産物的な?「争い」からも何も生まれない。。
あるとするならば、反面教師的な学びの側面を知ることくらいでしょうか?。。

進化した宇宙の人々の文明に於いては、それぞれの魂の自由が尊重されていると聞きます~
また、愛の概念(在り方)も、その惑星(世界)の進化の度合いを表しているのかもしれません。

もし、最初に「支配」ではなく、
「交流」として伝わっていたならば、私達は、もっと別の視点で自然界を捉え、交流出来ていたのかもしれませんね?~

それに、現在のような、他者を軽視するなどの意地の悪い人々の増殖を許さなかったかもしれません~

分かりませんが。。
(笑;)

今年は~
っていうか、これからの時代は、
自身の魂の性質を見出し、他にとらわれず、侵さず、自らのフィールドを活かし、節度ある自由を楽しむことがポイントであるように思います♪

つまり、以前の日記で申しました、
「本質」の時代へ突入することが出来るか?
が、試されて来ると思われます。。

どうか、
宇宙の秩序に沿った、
「あなたが、あなた自身でありますように」。。

お互いに頑張りませう♪
p(^-^)q