随分前の帰省の際に撮った一枚。冬に咲く花は、冬の柔らかい光の中で最も美しく見えるような気がする。
使ったカメラは、ニコンのNew FM2というフルマニュアル機。勿論フィルムカメラだ。
当時使用していたフィルムスキャナーはこのショットとはあまり相性が良くなかったので、その後導入した別モデルのスキャナーで読み取り直さねばと思いつつ、いまだそのままになっている。
今回はちょっとマニアックな話でも書いてみることにしよう。
厳密には、最初に触れたカメラは、祖父のものだったオリンパスのペンというハーフサイズの機種。しかしながら、趣味として写真を撮るようになったのは、確か小学2年生の頃、父のペンタックスS2という一眼レフを使うようになってからだ。S2は父にとっても最初の一眼レフではなかったろうか。
このカメラは露出計を内蔵していなかったので、常に単体の露出計を一緒に持ち歩いていた。フィルムを入れ忘れたり、大きく露出を外したりと、数えきれないくらいに多くの失敗もしたけれど、基礎の基礎からつきあってくれた忘れがたいカメラである。
次に使ったのはやはりペンタックスのSPF。これもまた、父から借りているうちにいつの間にか実質的に自分のモノにしてしまっていた。もっとも、父は最も脂が乗っている頃で仕事が忙しく(とは言っても、田舎のことだから平日は遅くとも18時には帰宅していたが)、ゆっくり写真を撮っている暇はあまりなかったので、写真係の交代は決して悪いことではなかったに違いない。
小学4年生の頃に使い始め、中学、高校、それから大学時代までのおよそ15年間にわたり、SPFは沢山の思い出を写してくれた。盗難にさえ遭わなければ、もしかすると今でも現役だったかも知れない。自分の不注意がかえすがえすも悔やまれる。
ざっくり「キヤノンとニコンの2強+その他」という様相を呈している今日のカメラ市場とは大きく異なり、70年代から80年代にかけては他のメーカーもそれぞれに頑張っていた。当時バリバリのカメラ小僧だった人間にとって、思い出深い機種はいくつもある。
ペンタックスでは小型軽量のMシリーズが強く印象に残っている。中でも、フルマニュアル機であるMXは、ニコンのFMシリーズと並ぶシンプルで端正なデザインが好きだ。同社初にして最後のプロ機・LXも忘れられない。
デザインに関しては、オリンパスのOM-1と2が古今東西を通じてマイフェイバリット。単体の佇まいはこの上なく美しいし、あるいは90ミリマクロあたりとモータードライブを付けた、コンパクトながら破壊力ある組み合わせも実に良い。
マニュアル機ではないものの、時代が下って20世紀から21世紀に変わろうとする頃のミノルタαシリーズも素晴らしい。特に、珠玉のファインダーを持つと言われるα-9は、機会があればぜひSTFレンズを付けて使ってみたいと思っている。
そして、キヤノンとニコン。
多感な(?)少年だった頃に販売されていたプロ用機たち―前者のF2とF3、後者のF-1―は今も憧れのマシンであり続けている。
『F一桁』と称されるニコンのプロ向け銀塩フラッグシップ機のうちF3以降は、イタリアの著名な工業デザイナー・ジョルジェット・ジウジアーロによってデザインされている。同様にジウジアーロデザインである父のかつての愛車・いすゞ117クーペを見慣れた目には、一連の洗練された美しいフォルムはとても自然に馴染む。現行のF6もとても魅力的なカメラだ。
しかしながら、欧風の空気を纏ったそれらサラブレッドたちとは明らかにベクトルが違えども、一流の和風建築のようなミニマムデザインのNew FM2の機能美もまた大好きだ。
90年代の頭、旅行中にSPFが盗まれてしばらくの後、幾ばくかの保険金が下りた。F3を購えるほどの額ではなかったので、迷わずNew FM2を選んだ。ブラックボディの50ミリF1.4付き。
その後ファインダースクリーンを方眼のものに換え、モータードライブを付けっぱなしにして、どこへ行くにも一緒だった。この写真を撮った105ミリマクロが戦列に加わったのはいつ頃のことだったろうか。社会人になってからもしばらくは使っていたから、New FM2軍団は10年近く手元にいてくれたような気がする。
21世紀に入って数年が過ぎた頃、遅ればれながら自分もデジタルカメラデビューを果たした。急激に出動回数を伸ばすデジカメと反比例してNew FM2の出番は次第に減っていき、そのうち持ち出すことが完全になくなった。死蔵されるよりは必要な人に活用してもらう方が幸せに違いないと処分してしまったが、今でも大きく後悔している。
しばらく前に田舎に戻って来て、現像してそのままになっていた昔のフィルムを少しずつ整理し始めた。無論そのほとんどが駄作だけれども、ごくごく稀に「!」と思わせるショットに出くわす。そして、フィルムはやっぱりいいなぁとしみじみ感じる。
デジタルは確かに何かと楽だ。撮ったものがすぐに確認できるのは便利この上ないし、ランニングコストはフィルムよりも遥かに低い。しかしその分、あまり深く考えることなく「とりあえず」シャッターを切ることも多い。その気楽なスタイルが功を奏することも稀にはあるけれど、その一方で、詰めの甘い中途半端なショットが量産されてしまうのもまた事実である。一撃必殺を狙うフィルムとは一枚に込める気持ちが全く違う。
満員電車に揺られ、人混みをかき分けながらあっという間に一日が終わってしまう生活を続けているうちに、自分の生き方までそんな雑なものになってしまってはいなかっただろうか。
新しい生活が始まった記念に再びフィルムで写真を撮り始めてみようと思い、どの機種にしようかと目移りしながらたまにネットサーフィンを楽しんでいる今日この頃である。
