名鉄谷汲線 (岐阜県/黒野-谷汲) その3
●「稲富(いなとみ)駅」跡へ到着したところで終了した前回でした。
では続きをご覧下さい。しかしこの路線も「ホーム現存率」が高いようです😝
「稲富駅」跡です。こちらもホームが現存しております。
もうホームがあることが当たり前のような感覚になってきました。笑
ただ、1面1線の駅と聞いていたのですがコレ、島式ホームですよね?
こちらにもスペースがあったようでが、実際には使われなかったようです。
使われていたのはこちらの西側のホーム。
階段手前の防護柵が誘導路のようで良い味を出しています。
では恒例のヤツをやりましょうか。「ホームで(黒野方面からの)電車を
待ってみました」😁 しかし何故か二本だけ架線柱が残されています。
場面は変わり次駅到着直前の廃線跡です。写真では分かりませんが
左にあるのは小高い山で、この山の脇を沿うように走って来ました。
そして振り返ると次駅の「更地(さらぢ)駅」です。駅現存はもちろん、手前には踏切も
あるのですが、ここにはレールも残っています。それにしても何故このような駅名に?😨
ここも石畳式(?)の立派なスロープです。元々は1面2線、そして片面の貨物ホームのある駅
でしたが、末期には1面1線となっていました。なお奥にある木は桜の木で名物だったうようです。
ではホームがあるなら・・・「電車を待ってみました」。ちなみに先ほどの踏切で
レールがあったのは踏切の部分だけで、ホーム内には残されておりませんでした。
反対側(北側)の出入り口です。先ほどご紹介したこの階段脇の桜ですが、
利用されていた方には懐かしいのではないでしょうか?まだまだ元気でしたよ😆
ではお待たせしました。一足お先にお役御免となった西側ホームです。
ホーム上はナント畑となってました。こういうケース、意外とあるんですよねぇ😁
こちらがホーム上です(「ホームで・・・のつもりではなかったのですが 笑)。
というか前の写真でも分かると思いますがこちら側のホーム、結構高いんですよね。Why?
では次の駅です。「八王子坂駅」跡です。1944年(昭和19年)に休止、1969年(昭和44年)に
正式に廃止となった駅(黒野方面)です。(仮)となっているのは正式な場所が分からないためです。
約半世紀も前に廃駅になったものですから、ホームも既に無い訳でして
想像でホームを描いてみました。位置はほぼほぼ間違いないとは思いますが、、、
「八王子坂駅」跡手前の踏切跡です。この白く塗られたタイヤ、
名鉄の各所にある踏切跡や橋梁跡の両端にあるのはもう有名ですね。
ではお時間がきました、その3は以上となります。次回から後半戦です。
ちなみに「谷汲線」編は全5回構成で収まりそうで、あと二回となります。















