独り言 Vol.542~追悼 | どぶ。ログ♪

独り言 Vol.542~追悼

●2年3か月ぶりの独り言です。と、それはおいておいて。タイトルでご理解いただけるように、今日は5年目を迎える「3.11」です。皆さんも同じかと思いますが私も生涯、あの日、見たこと聞いたことを生涯忘れることはないでしょう。

 

あの日、私はやはりいつも通り市場に参加中でした。朝から特に変わったこともなく、淡々と作業を進めていました。そして後場、京王ズ(3731・現在は上場廃止)を抱えている時に14:46を迎えました。

 

 

小さな揺れから始まり、「そのうち収まるだろう」と思いながら当初は甘く考えておりました。ところがご存知のように揺れは徐々に大きくなるばかり。そしてかつて経験したことのないような揺れ幅や長さに「これはただ事ではない」と体もようやく反応し、まずは持ち株を全部処分することから始めました。

 

 

幸いにして利益の乗っている状態で即売ってもOKだったこともあり、ここは躊躇なく全株投げ売りました。そして急いで窓を開け(逃げ場を確保)、今にも倒れそうなタンスなどを抑えに向かいました・・・。

 

 

揺れは収まった(?)のに、未だに揺れ続けているような感覚を植え付けられたまま部屋を確認すると、周囲はグチャグチャになってました。壁にかけてあるもの、簡単に乗っけてあるだけのものなどは殆どが落下、損壊していました。私の住んでいる地域の震度は6弱でしたが、隣のエリアでは6強もあったのでそれに近い揺れだったのかとも思います。また、当時はマンションの上層階に住んでいたことも影響してか、揺れ方も大きかったのだと思われます。

 

 

そしてあまりに酷く片付ける気にすらなれない部屋を見ながら、幸いにして切れることのなかった電気を使いテレビを点灯、「ただごとではない情報」を得ることに集中しました。そしてあとはご承知の通り、決して消えることのない、かつて見たこともない恐ろしい映像を頭に刻み込むことになっていきました。

 

 

うちもかなりひどい状況ではありましたが、本当は「大したことなどなかった」と悟るまでに時間はかかりませんでした。と同時に、「自分に何かできることは無いか」と感じるようになり、そこで毎日始めたのが「放射線情報」でした。

 

 

これは現在でも続けておりますのでもしよろしかったらご覧ください(右リンクより)。簡単に現在の状況をまとめると、もう原発周囲外の地域であればどこを歩いても大丈夫でしょう。そして自分の趣味である廃線跡巡り。ここでも震災地域の近くへ赴く際には、必ず多めの買い物をするように心がけました。

 

 

これまでにいわきや(南)相馬、塩釜や石巻へ何度か出向き買い物をしましたが、中にはお店が少ないため探すのに苦労した場所もありました。そして実際に行ってみて驚いたのが、皆さんが明るいこと。そこは活気に満ち溢れていました。どこへ行っても行くときには「重い足取り」だったのが、帰るときには「満足してお店を出ていた」ことに感謝いたします。その度に、「時間はかかるかもしれないけどいずれは必ず復興する」と確信して帰路についたことを思い出します。

 

 

長文になりましたが、最後に。今一度改めて被災者の皆様に追悼の意を表します。また買い物へ向かいますのでその際にはよろしくお願いいたします。

 

 

 

※おまけです。当時の株価の記録を載せておきます。これもある意味、忘れてはならないものかもしれませんね。

 

 

 

3/14 寄り5分前の個別銘柄の気配

 

 

 

 

 

 

 


 


3/14 寄り直後の個別銘柄

 

 

 

 

 

 

 

 


3/14 お昼に先物がCB発動

 

 

 

 

 

 

 

3/14 大引けの個別銘柄