復興支援という言葉は容易に使わないほうがいい? ブログネタ:復興支援という言葉は容易に使わないほうがいい? 参加中
本文はここから


なんか、このブログネタなんですが、
すんごい違和感があったので、参加しました。


「復興支援という言葉は容易に使わないほうがいい?」
って、意味わかんなくないですか?

復興を支援しているんだから、
それは、どこをどう切ろうが、
復興支援じゃない?

被災地の人のことを配慮してっていうのもよくわからないです。
どういう風に解釈すれば、支援じゃなくなるんでしょうか?

逆に、支援って言葉を使わなければ、
被災者は被災した気分にならないってことでしょうか?

自分としては、今回の3.11の過去に例のないくらいの
大災害が東北地方で発生して、
日本国民が全員で支援して、早急な復旧と、
災害に強い街づくりを行うということを、
しっかりと受け止めるために、
事実の通り、「支援」って言葉を使って、
人を助けることは、いいことだという国民性を根付かせてもいいと思います。

逆に、誰かに助けられているっていうことを意識しないでいると、
モンスターペアレントみたいなの出てきそうじゃないですか?

俺、被災してるんだから、お金とか食べ物くれても、問題ないっすよ
的な。


相手の立場になって考えてあげることも必要だと思うんだけど、
必要以上に過保護になったり、過敏に反応するのはよくないと思います。
なんか、正義って言葉を誤って使っているような気がするし、
物事を真実から掛けはなして、曖昧にすると思います。

なので、「支援」しているという事実は変わらないので、
やっぱり「支援」です。


昔、江戸時代末期だっけな?明治時代だっけな?もっと後かもしれないけど、
九州沖かなんかで、トルコの船が難破したのを
日本人が救助などの支援をしたらしく、
トルコ人はそれを覚えていてくれて、
神戸のときかもっと前からなのかわかんないですけど、
日本で大災害が起きたときに支援してくれたそうです。

なんか、TVで見たんだけど詳しいことは忘れちゃいました。

でも、こんな形で、日本とトルコの間には
お互いに困った際には支援しあう絆が出来ているそうです。
多分、この精神を後世の日本人にも伝えていくという意味でも、
やっぱり、支援じゃないですかね?