子供たちが甲子園に行くことを心から望み
一緒に応援してきた同志。
野球部現役の頃はほとんど話をすることはなかったけれど
奥さん…Mさんは、桃の命日には
毎年メールをくれた方。
(私と共通の友人のSさんと、「メールを送ることで
思い出させて傷つけるのではないか」、と相談しながら
送ってくれていたそうだ)
Sさんは、普段は新聞のお悔やみ欄はほとんど見ないそう。
でも、あの日はたまたま広げた新聞に名前が出ていて
一番に私に連絡をくれたらしい。
何か知らせてくれたものがあったのかな・・・。
お悔やみ欄で調べると、告別式はもう始まっていた。
息子は急いで支度をして斎場に出かけた。
式は終わっていたけれど
なんとかお別れはできたそうだ。
桃のときにはお通夜にも
桃の友人や知人だけでなく、
娘や息子の友人やお父さん、お母さんまで
お別れに来てくださった。
私は…
つらくて誰にも会いたくない時でも
直接会いに来てくれたり
メール、電話、手紙で励ましてくれたり
ことづけてくれたり
どんな手段であれ、気にかけてくれた方の存在は
本当にうれしく、支えになった。
私では心の支えになることは何もできないけれど
Mさんにはどうしても会いたかった。
会わなければいけないと思った。
Mさんも突然のことでただただ泣くばかりの日々だけれど
家族が亡くなるとしなければいけないことが山ほど。
「こんなに子供たちが頼りになると思わなかった」
というMさん。
でも、
子供さんたちがみんな結婚して家を出ている今
すべてが終わって落ち着き、寂しさが押し寄せてくる頃
ひとりきりの生活になる。
「一人が気ままでいいと思っていたけど
全然違う。」
そう涙ぐむ彼女に何も言葉がみつからない。
まだまだ先でいい
いつか、Mさんの明るい笑顔が見れることを
心から願うばかりだ。









