先日、若い人達と会話する機会があった。
彼らには共通して
イマドキの若者、なんて言えないくらい
将来に、仕事に、親に対する
誠実で前向きな情熱を持っていた。
50歳を過ぎた私の方が
教えられる事がたくさんあった。
そんな中、単身故郷を離れて
医師として働いている女性がこんなことを言っていた。
「最近、勝ち組、負け組の概念が変わって来ている」
ひと昔前までの勝ち組とは
いい大学に入り、いい会社に入り出世コースに乗り
裕福で円満な家庭を築くこと。
そんな感じだった。
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例のごとく話は脱線するけれど…
桃の事故の前日、丸亀まで二往復。
その帰り道、この
という歌を聴きながら、
(桃は勝ち組だろうか、負け組だろうか、)
考えていた。
野球も病気で挫折、大学中退、仕事も途中リタイア・・・
事故後、姓名判断を調べると
どの文献も
「いいように行きかけて最後にダメになる」
運勢だった。
(ちなみに私は家族運が薄いとか・・・)
でも、
その時点ですごくすごく幸せそうだった桃。
桃は勝ち組だ! と言い聞かせながら帰った。
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イマドキの勝ち組は
家族みんなが生まれ育った自宅近くで暮らして
仲良く協力しながら暮らしていくこと
だという。
こういう概念、価値観の変化は決して悪くない。
でも
そういう意味で、彼女は親と離れて暮らしているから「負け組」
親にとても申し訳ない、と思っている、とのこと。
だとしたら、私自身も負け組。
高校の時から部活でほとんど家にいなくて
短大で外に出て、卒業後結婚。
親不孝していると思う。
時々、お客さんで、
両親を中心に
おじいちゃん、おばあちゃんから、孫まで
にぎやかに食事されている風景をみると
本当にほほえましく、ちょっとうらやましくなる時がある。
それでも
親と離れて暮らすことが「負け組」というわけではないと思う。
「負け組」とは
今ある幸せを見つけることができず
自分の今、未来を受け入れることができないこと。
かもしれない。