空が高く
色彩がビビッドで
桜が白く
眠りは浅くて
なんだか胃が痛い気もする
4月の始まりでございます。
不思議なもので
一本をきっかけにして
立て続けに舞台を数本を観る
「観劇ウィーク(あるいは月間)」が
年に数回やってくるのであります。
で、その期間は、誰に頼まれるわけでもないのに
演劇についてあれやこれやと考える訳であります。
ある種の職業病が未だに続いている、という。
演劇というのはアナログなメディアだからなのか
なんだか進化が遅い気がしたり。
それでいて若僧の芝居観ると
もちょっと勉強してからやりやがれ!
なんて憤慨したりするわけで。
これも不勉強ゆえの至らなさで
進化した演劇とゆ~ものは
どこかで上演されているのだけれども
おいらが観てないだけなんだとも思います。
その辺は、棚に上げて。
例えば。
「演劇の暗黙の了解」的なことってあるわけじゃない?
「ここんとこは、内緒話が聞こえていない体(テイ)で」とかさ。
あ~ゆ~のってどうにかならないのかな?処理の仕方。
そう、処理の仕方なんだろうね。
なくせばいい、っちゅ~話じゃない。
実際、面白いと思った芝居でもやってたりして。
その、「気になる場合」と「気にならない場合」の差異は何なんだ?と。
演出? 脚本? 役者?
どこが気づくべき?
…これがいつも答えが出ないんだな。
おいらが答えを出したところで
現場の人間じゃないっての。
綺麗にだまして欲しい。
それだけなんだけどな。