暇ですので、僕が好きだった馬達について書きたいと思います。

第1回はロイヤルタッチ。

僕が一番競馬に嵌っていた時期とも言えます。

優駿を毎月買っては期待の新馬がいつデビューするのか毎日気になって仕方ないときでした。

サンデーサイレンスが全盛の時代、このロイヤルタッチもまた良血として期待された1頭でした。

ロイヤルタッチの兄は、柴田政人騎手をダービージョッキーに導いたウイニングチケット。このウイニングチケットもビワハヤヒデ、ナリタタイシンと3強を形成した大好きな馬でした。そのダービー馬の弟として、彼も重荷を背負い競争生活を送ることになります。

デビューは12月初旬、デビュー戦は2着に3/4馬身差だけ離し、危なげなく勝利。しかし決して派手さはなく、前のレースを走った、のちのライバル馬ダンスインザダークのほうが、このときは高い評価を得ていました。

そして次走のラジオたんぱ杯、2勝をあげているイシノサンデー、ダンスインザダーク、それにマル外のタイキフォーチュンから離された4番人気に評価される。しかし、鞍上に若き天才オリビエ・ペリエを迎えると、そのステッキに応えるように、イシノサンデー、ダンスインザダークを直線で見事に差し切ってみせた。

続く、きさらぎ賞では、立場を入れ替え再度、ダンスインザダークと激突する。このレースには朝日杯で2着に入ったエイシンガイモンも出走していたが、早々とダンスインザダークがエイシンガイモンを差し切ると、直後に位置づけていたロイヤルタッチがゴール前で極上の切れ味でダンスをかわし、無傷の3連勝を飾る。

この時点で、クラシック戦線の最有力に躍り出る。

この時点での優駿の番付は・・・

西の横綱ロイヤルタッチ、大関ダンスインザダーク、関脇イシノサンデー

東の横綱バブルガムフェロー、大関サクラスピードオー、関脇わからん

ってな感じの評価だったような気がします。

これにメイショウジュニエやダンディコマンドなどクセのある馬もいました。

しかし、ここからロイヤルタッチの苦しい戦いが始まります。

皐月賞の前哨戦として選んだ若葉S、圧倒的1番人気で挑んだ一戦は、超KY馬ミナモトマリノスという馬に連勝をストップさせられるという、意外な結果に終わります。しかし道悪であったこと、抜け出してソラを使ったなど、ロイヤルタッチの評価は下がることはありませんでした。むしろミナモトマリノスの評価が格段に上がりました。

そして迎えた皐月賞、東の横綱バブルガムフェローは骨折でクラシック戦線を離脱し、ライバルのダンスインザダークは熱発?だったかな、で直前回避、単勝1番人気でクラシック第1弾の皐月賞に挑むことになりました。

しかし無情にも弥生賞でダンスインザダークに敗れているイシノサンデーに抜け出しをくらい2着にあまんじることになります。

しかし、世間は兄ウイニングチケットととの兄弟ダービー制覇の希望を託します。ダービーではダンスインザダークに1番人気を譲るものの2番人気。一騎うち勝負になるはず・・・そんな思いを音速の戦闘機がかっさらっていきました。そう日本版ラムタラ、フサイチコンコルドです。このころから藤田騎手が嫌いです。負けるならダンスインザダークに負けてほしかった。ちなみにシルクジャスティスも嫌いです。

その後、菊花賞でダンスインザダークの2着に入るものの、完全に引き立て役、力の差は歴然でした。

結果的に皐月賞で勝てなかったのが競走馬として大きな分岐点となってしまいました。

そして、やはり僕の印象としてはペリエがきさらぎ賞後も乗っていてくれたら・・・と考えてしまいます。

今のペリエより、若い頃のペリエの方が絶対に凄かったです。

当時のペリエは馬の実力が1.5倍になってました。マジで。

次回はスキーキャプテンあたりにしましょうか・・・。

では、さよなら、さよなら、さよなら・・・。