セクハラを知らないオジサンとオバサン

(前置きが長いので興味の無い人は四段落目から読み進めて欲しい▼)

 

私は病んでいた時期に占いにハマっており、30分5,000円という高単価であるにも関わらず半年に一回のペースで通い詰めていたことがある。酷い時は、一人には方角を見てもらい、もう一人には星占術で、というように2名の占い師に交互にお金をはたいたこともある。

 

定期的に通っていた占い師からは「あなたはきっと(充実して)今後来なくなるだろうなぁ」と言われた。確かにそうだった。実はその占い師のもとに行った直後に人生を左右するような大きな面接を控えており、それについて充実すると言ったのである。ずっと夢だった職業に何度も何度も落ちて最後の千載一遇のチャンスであった。そして盛大に落選したのである。まぁ、振り返ってみればその後の工程をみると私より酷い仕打ちを受けていた受験者もいたので、彼女のように全国に名前と顔が出なかっただけでも良しと思わなければと思うようにした。蛇足が多かったが、つまり「(充実して)来なくなる」のではなく、「(この人外した)来なくなる」という意味の間違いであった。結果は一緒だが。

 

さて、もう一人の占い師(こちらは女性の占い師で気性が激しかったからもう行きたくない。なにより当たらない)の方には、「あなたは女性を支える、または女性の支持を受けるような職業またはそのようなワーク(職業ではないがなにかしらの業務)に就くかもしれない」というものだった。「かもしれない」という言葉はどちらに転んでも外れるわけではないから便利な言葉である。

 

さて、今日の本題であるが、私はとあるきっかけでセクシュアルハラスメントについて関わる業務を担当している。この話が来た時は上述した気性の激しい占い師の話が頭をよぎった。まぁこじつけだ。ただ、何の因果かわからないが、実体験を持っている私だからこそ見える視野があるだろうと引き受けた。もちろん私が刑法に当たるまでの厳しいセクハラを受けていたことは社内の誰も知らないことだ。

前任は私よりも2周位の年上のおばさんだった。(←この呼び方自体セクハラだが、本人は知らないのでご容赦願いたい。こう呼びたくなるような思想の持ち主である)おばさんは何の引継ぎ資料もなく、全てはヴェールに包まれている感じであった。人事畑で生きてこなかったし、そのような担当をしたこともなかったので、「そういうもんなのかな?」と思っていたが、そのおばさんが引継ぎの代わりに唯一熱心に教えてくれたのは相談者をいかに煙に巻くかということだった。彼女の言い分はこうだ。

「話していれば段々自分(通報者本人)がいかに大袈裟なことを言ってるのかがわかってくる、自分の気持ちを吐露していると段々冷静になってきて、こんな相談やめようと思うようになるのだ」というものである。そして「2回目はほとんど相談にくることはないから」と続けたのである。その話を聞いて私が思ったことは、単に彼女が通報者から信頼されなかったからではないかと思えた。端から一般論が「大袈裟な通報者」と決めつけるような人間が、本性を隠し通して冷静に、かつ相手に信頼してもらうような言い方をもしもできていて、本当に通報者本人が「私が大袈裟だったんだな」と自戒するような気持にさせることができているのならば、そのおばさんは相当なペテン師であり、一種の才能だと思う。

引継ぎ書類を一切渡してもらえず、妙な持論を1時間近くも聞かされて本当に嫌気がさした。

終いには、「言わなきゃわかんないのに、何も行動してない人ばっかり!」と毒づく始末である。この人は、本当のセクハラを受けたことが無いんだろうなと、彼女のことは忘れることにした。

さて、この業務は基本的にオジサンばかりが関わっている。バディもオジサンである。

 

話は脱線するがオジサン達はセクハラに該当しそうな話の時には決まって、

「これはセクハラになるかもしれないが…」という前置きをするのである。

前置きは免罪符でもなんでもなく一発OUTである。担当者からしてこの認識なのだから救いようがない。

 

さて、とある相談を受けた時の話。

基本的は通報者からの一報を受けたら、担当者は中立な立場でなくてはならない。

多いのは「上司又は取引先など立場を利用した男から被害を受けた女性」からの通報である。世の中には姑息な手を使う男が非常に多い。わざわざ部下や立場上弱い女性に手を出し、じわじわと距離を縮めてくるのが奴らの常套手段だ。この絶妙な間合いを取ることに無駄に長けているのである。

このような典型的な事例の場合は、まぁほぼ十中八九男は黒だ。例え女性が盛っていたとしても当たらずとも遠からずである。

だが、オジサン達の発想はこうだ。

 

「その女性がハニートラップをやったかも」

「その女性が被害妄想を抱いているのかも」

「その女性が嫌がらせでその上司を・・・」もう沢山である。

 

100%中1、2%しかない可能性を何故全面的に議論する必要があるのだろう。

まさに無能である。

こんな僅少の可能性について少なくとも5分は話していたと思う。体感では30分だ。

 

よくセクハラを受けている人に

「何故拒否しないの?」「言わなきゃ伝わらないよ!」という

愚問と説教をするアホがいまだに世の中には沢山いるが、それはオバサンオジサンに関わらず想像力が全くないとしか言いようがない。世間の大半の人間は大なり小なり本を読んでいるようだが、熱心に読んでいる割には想像力が足りないのは何故なんだろう、教えて欲しい。

言えれば誰も苦労しないのである。

先ほども述べたように立場が強い人間が弱い者に行う行為はパワハラであれセクハラであれ弱者に抵抗する術はない。その先に待つのは周囲の視線、環境の変化、退職などが容易に想像できるからである。頼むから色々言う奴はその辺の想像力を蓄えて欲しいと切に願っている(特にオジサンとオバサン)

 

一般論に移ってしまったが、ともかくバディには想像力がない。経験した者だからこそわかる話なのかもしれないが、通報者の気持ちや行動は痛いほど、手に取るようにわかった。通報者の行動が理解できないバディは「なんでこんな行動をとったんだろう、これはもしかして実は相手を貶めようとして…」と言い出す始末なのでその心理を説明してやったら「へぇ~」と納得していた。(違うよ、と否定しなかっただけでもよしとするか)

ちなみに説明は「経験者なのでわかるんですよ」とは言えないので、あくまで想像に基づく発言であることを示しつつ。

 

今日はこの辺にしておこう。

本日のセクハラのまとめとしては、

・セクハラのほとんどは上下関係がある

・何か行動ができるような状況ではない。だったらセクハラはそもそも存在しない

・女性がハニートラップを仕掛けたり、相手を貶めるようなことをする可能性は低い

(↑言っておくが現代において、そのように暇してる人はいない)

・可能性が低い例、複雑な例を前線で検討しない(可能性の一例として考えておけば十分)

(例:逆セクハラ、狂言、妄想など)

 

色々足りないオジサンとオバサンは是非沢山本を読んで欲しい。

少しは相手の気持ちや状況整理ができるようになるかもしれない。