うつ病でアルコール依存症疑いのシニアです。
ブログをのぞいてくださって
ありがとうございます。
わたしの心は
悲鳴をあげていました。
いつもなら
相談して、
わたしの進む方向を
いっしょに考えてもらっていた
大切な友達・・・
実は、
友達の病気は
もうこの頃は
ずいぶん重くなっていました。
生命には
かかわらないけれど
動けなくなる![]()
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話もできない
ーこれは
わたしの一方的な身勝手
だとは
分かっているのですが、
会って、
顔を見ることも、
励ますことも、
手を握ることも、
ハグすることも、
食べ物を
口に入れてあげることも、
ゴミ箱の
ゴミを捨ててあげることも、
何もできない![]()
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できる事なら
何でもしたいと
思っていました。
でも、何ひとつ
わたしにできる事は
有りませんでした。
もう
お会いすることも
できないのだから。
これが
二つ目の
地獄でした
解決しない
地獄でした
心に大きな大きな
穴が
ぽっかりと空きました。
この大きな穴があいたことで
わたしは
自分自身の不誠実を
振り返りました。
見えるもの見えないもの
どれだけたくさんのものを
いただいたかを考えました。
当たり前のように受け取っていた事を
振り返りました。
これまで気づけなかった
いただいたものの大きさを
あらためて考えました。
与えなさい、
与えなさい、
そして与えなさい。
友達は、
だれにでも優しく、
手助けできる、
そんなひとでした。
(宗教的に何も無い方です)
人から愛された記憶が無い
わたしには、
一生涯分の愛を受けたように
今も、感じています。
このころ、
わたしは母の事と
友達の事とで
もう、どうなってもいい
と、
考えるようになっていました。

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