うつ病でアルコール依存症疑いのシニアです。
ブログをのぞいてくださって
ありがとうございます。
母の事と
友達の事とで
自暴自棄になっていたわたしは
どうすればよいか
分からない苦しさと
何もかも無くなってしまうような
恐ろしさで
長いトンネルに入り込んだように
動けなくなっていました。
誰かに
助けを求めよう
とか
助けてもらえる
とか思えなかったし、
子どもの頃から
もともと思いませんでした。
この時に
会えなくなった友達だけは、
初めて
助けてくれる人だ![]()
![]()
![]()
と思えた人でした。
わたしの子どもの頃からの話をします。
自分でも少しおかしい?と 思ってた事
今考えると
恐ろしい事ですが、
子どもの頃
わたしは
善い人か悪い人か
区別ができませんでした。
テレビを見ていて
「この人は悪い人?」
「どっちの人が悪いん?」
とよく尋ねていました。
水戸黄門の登場人物でさえ
良い人か悪い人かわからないのですから、
どう考えても不思議ですよね(笑)
わたしは
(子どもはみんな分からないものなんだ。)
と思っていました。
また
わたしには
仲良くする友達はいましたが、
好きになる人はいませんでした。
友達が、アラン・ドロンが素敵!
フォーリーブスの〇〇がいい!
とか言ってるのが
分かりませんでした。
人と何か違う?
とちょっとだけ思っていました。
デートらしきものに誘われて
出かけても
楽しくありませんでした。
ドキドキも何も無いのです。
だから、2回目は有りません。
これは、
大人になってからも
続いていました。
誘ってもらっても、
今度は自分から声をかけよう
とかは有りません。
対人関係は苦手だから仕方ない
ぐらいに自分で思っていました。
結婚も、
たぶんこんなものだろう、
と決めたのです。
何の前ぶれもなく切れる
メチャクチャな
暴力暴言夫だったけど、
私のほうがもっと
ひどいかもしれないですね。
好きかどうかもさえ分からずに
結婚したのですから。
夫は周りの人とよく話しているから良い人、と思いました。
みんな、こんな感じで結婚してるんだ、と思っていました。
なんの感情ももたずに結婚しました。
これが、一般的ではないと
分かったのは、
カウンセリングを受けてからでした。
親からずっと言われてた事
わたしは、
子どもの頃、
気のきつい子
と言われてきました。
他所の人から
「しっかりしてるね」
と言われると
「気がきつすぎるから」
母は言っていました。
よく母から
「あんたは変わってる」
「一人っ子で、わがままやから」
と言われていました。
わたしは
人とは違って、
変わってる。
我慢ができないわがままな子。
だから、
善い人か
悪い人かも
分からないのか?
何となく自分はこんなでいいのか?
という気持ちが有りました。
母は、
言うことをきかない
わがままな子どもが大変だったけれど
めんどうをみてくれてる。
わたしは、
何が有っても、
しつけで厳しくされているー
と思っていました。
子どもの頃は、
我慢できる子がいい子だと思っていました。
思った事を何でも言うのは良くない事。
親に苦労をかける
大変な子どもなんだ
ずっと
そう思ってきました。
確かに
少しワクからはみ出ているところは有ったかも知れません。
好きなようにしていた 小学生時代
ほとんどずっと母と室内だけでしたから、反動は有ったかも知れません。
幼稚園、学校は楽しかった。
カウンセリングの時に言われたのは、
わたしのオカシイのは行動ではなく、
善い人が悪い人か分からない事で、
境界性パーソナリティ症
と考えられるという事でした。
ブログを訪問いただき
ありがとうございます。
応援していただけると嬉しいです。





