自分の心が分からない

うつ病でアルコール依存症疑いのシニアです。

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わたしには
自分の考え方のおかしさが
分かりませんでした。

わたしの結婚の話をします。


わたしは、就職の翌年、結婚しました。その頃は、それで幸せになれると思っていました。

結婚したかったかというと
今考えても、その時の自分の気持ちは分かりません。
みんな、こんなものだ
と思っていました。
相手は早く結婚したいとは言っていましたが、
わたしは何も感じるところは有りませんでした。
それで結婚するのは、おかしいですね。
でも、それは今だから言えることで、
そのおかしさが、当時は分かりませんでした。

出会いは、友達からの紹介でした。
相手は公務員で私はまあまあの会社員。順風満帆な出だしに見えていたと思います。
幸せな結婚ーというのも
わたしには想像できませんでした。

翌年に子どもが生まれました。
平凡だけれど幸せな結婚生活になるかもしれないと少し思いました。

この結婚は、スタートから最悪でした。
わたしが「この人、おかしい?」
と思ったのは、新婚旅行でのことでした。
夫は豹変する人でした。
バーで話して、少し飲んで、
部屋にもどるとすぐに、平手打ちが飛んできました。
何が起こったのか分かりません。
理由も分かりません。
わたしには尋ねる勇気が有りませんでした。

夜中じゅう理由を考えて
痛さと気力が無くなっていくのを感じながら起きていました。

結構な力で平手打ちを受けて、翌朝は顔が赤く腫れていました。
人に見られる恥ずかしさと
恐ろしさでいっぱいでした。

何も考えられませんでした。
そして屈辱的でした。
最悪の新婚旅行。
離婚?
すぐに考えたのですが、
新婚旅行から帰って来てすぐに?
との思いの方が強く、思い直しました。
でも、この時、いくら新婚旅行から帰って来てすぐでも
決断していたら、それからの人生は変わっていたはずです。

いろんな事に抗えずに
わたしは夫の母と同居するつもりは無かったのですが、
いつの間にか決まっていた感じで断れなくなっていました。
わたしは、自分の事で ものごとが大きくなるのを怖がっていました。

姑が気さくなタイプだったのはまだ救いが有りました。
姑は、好きな趣味を楽しみながら過ごしていました。
わがままなところも有りましたが、
特別ぶつかる事もなく
孫の事もよくみてくれるし、
わたしはそれで、もういいと思っていました。

新婚旅行から帰って来て、
姑がいたおかげも有ってか
しばらくは
平手打ちは有りませんでした。

わたしは家事もしていましたが、
子どもは姑に見てもらって仕事に復帰しました。
仕事も順調で、先輩にいろいろ教えてもらいながら、新しい事も覚えました。
外で働くやりがいや同僚との つながりも感じました。

ある日、わたしが帰ると、
夫の様子が変でした。
真っ赤な顔で、無言で隣の部屋に引っ張って行かれました。
部屋に入るなり首元を掴まれて
思い切り平手打ち。
何発もくらいました。

その時も理由は
分かりませんでした。
私が大声を出したので、姑が飛んできて止めてくれました。
子ども(赤ちゃん)も大声で泣きました。

結婚を後悔しました。
急にくたくたになったように感じました。こんな時は疲れ切ってしまいます。何もかも嫌になって
自分の生活が終わってしまえばいいと思った事も有りました。

暴力は、何時も突然スイッチが入ります。理由は分からない。
だから、こちらも無防備です。
なぜ理由を言わないのかも分かりませんでした。
尋ねたら、夫はもっと真っ赤な顔になって怒鳴り出しそうなので、何も聞けませんでした。
こんな事は何度も有りました。

そうかと思うと、
友達を呼んできて、わたしがお酒のアテなどを作ると、ご機嫌で
よくしゃべりました。
わたしも一緒に飲むようにも言われました。

公務員で真面目、と周りから思われていたらしい夫は、いったいどんな人間なのか。
いつも何を考えているか分かりませんでした。

ある日、わたしが帰ると、
ムキー「何でこんな時間になるねん!」
怒っているのがわかりました。
えー「何時もとおんなじぐらいやけど」
ムキー「今まで何やっててん!」
ムキー「何時何分の電車に乗ってん!」
わたしの方が職場が遠いので帰りは何時もあとになっていました。
これが理由???
その日は、怒っているようでしたが、夕食の支度にすぐに取り掛かったので、それで終わりでした。
疲れていたので頭も働きません。
「しんどそうにするな!」
心底、疲れ切って、
どうにでもなれーと思いました。
子どもの事はかわいいと言っていましたが、かわいがっているように見えた事は有りません。
夜中に目を覚まして泣いている時もうるさそうにしていました。
わたしは、おんぶしたまま、ベランダに出てあやしました。

私は、子ども時代に母からの暴力を受けていましたが、
この結婚の頃には思い出してはいなくて、
母の行動は単なるしつけだと思っていたのですが、
わたしの性格につながっていたかもしれないと今では思います。
わたしは、この状態で誰かに助けを求める事を思いつきませんでした。

子どもが3歳になったころ、
仕事で帰りがいつもより遅くなった事が有りました。
家に帰ると、
ムキー「どこに行っててん!」
わたしは「仕事に決まってる」と言いました。
ムキー「何時何分の電車に乗ってん!」
わたしは「少し遅くなっただけやのに」と言いました。
ムキー「殺すぞ」
「かげで何をやってるかわからん!」
と怒り出して
さんざん叩かれました。
わたしは、子どもを連れて実家に行きました。

1週間後、私たちを迎えに来たのは姑でした。
わたしの父母は、夫がおかしいとかなり言ってはくれましたが、
結局は帰ることになりました。
帰りたくはありませんでした。

殴られて顔が腫れていたのは職場の人から見ても分かるほどでした。
私は、いっその事、災害でも起きて散り散りになれば逃げられる、とか毎日思っていました。

ーごめんなさい。災害で大変な目に遭っている方々。
でも、もう何も考えたくもありませんでした。

そんな事が有ったあと
新しい上司が来ました。

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