思わなかった展開

うつ病でアルコール依存症疑いのシニアです。

ブログをのぞいてくださって

ありがとうございます。






母のお世話をする毎日は

普通に続きました。


 

あんたが見んかったら

だれが見るねん!

の時も、

そのあとも

わたしは、

自分が4才の頃の

母からの暴力は

完全に忘れていました。


というか、

疑いもせずに

しつけだと

ずっと思い込んでいました。


そして

普通に母を看ていました。


ある日、

母が元気そうにしているので

一度自分の家に戻って

又、翌日、整形外科に…

と、予定していましたが


翌朝、

ラインで「おはよう。

今日は〇〇整形外科で診てもらう日やからね。」

と送っても返事が有りません。


母は、ガラケーが無くなるというウワサが世間で有った時にスマホを覚えて、娘と孫のライン仲間です(笑)


また、スマホ見てないんかなぁ…


30分しても返事が無いので

電話しました。

応答が有りません。

何度かけても

応答無し。


車で大慌てで

母の家に急行!


母は、トイレの前で倒れていました。

 

どうしたん

わかる??

聞こえる?

母は

何かを言おうとしているのですが、

声が出ません。

口は動かしています。

初めは手もこちらに振るようなしぐさをしていました。

失禁していました。

わたしの方を見てニヤッと笑いました。


何かおかしいと思い、

何時も連絡している

理学療法士さんに電話して症状を言うと


サムネイル

救急車 早よ呼んで!

わたしも向かうから

と言われて

救急車を呼びました。


救急隊員の人に


もう少し遅れてたら

あかんかったよ

と言われました。


母は脳梗塞でした。

声にならないのも

すぐ動けなくなったのも

失禁していたことも

ニヤッと笑ったことも

脳梗塞の症状だそうです。


一命はとりとめたものの

意識が無くなり、

一ヶ月も戻りませんでした。


もうだめかも…と

思いましたが、

一週間後、

少し目を開けるようになり

点滴から、少しずつ口からの栄養になりました。


こんな事が

これまで何回有ったことか…。


でも、今回は、

リハビリをしても、

片麻痺が残りました。


脳梗塞は

ほんとうに怖い。


食べる練習

声を出す練習

手を指を動かす練習

ーかなり良くなってきてるー

と思っていたところ、


リハビリ専門の病院に

転院する事になりました。


そこから又、何ヶ月もの

リハビリ。


母はがんばって、

やっと帰れる事になりました。

一年半かかりました。


でも、

言葉はほとんどしゃべれず、

手は動きにくいままでした。


あれだけ頑張ったのに。


 



リハビリ病院は退院まで、

よく見てくださり、

カメラ 母の家の門

カメラ 上がりかまち

カメラ トイレまでのルート

カメラ トイレの中

カメラ お風呂までのルート

カメラ お風呂の中

カメラ 部屋の中

カメラ 母が動くところ全部

撮った写真を確認してもらって、


帰って来る時に乗る車に

実際に乗れるかテスト


いろいろな動きの見学をさせてもらい、

介助の練習


これで大丈夫とは

もちろん思いませんでしたが、


車に乗って家に着き

車から母を降ろそうと

身体を支えると、

地面に座り込んでしまいました。


ぐたっとした母が

わたしの力で持ち上がるはずもなく、

8月の暑い日中

どうすることもできず、

理学療法士さんに助けを求めました。


サムネイル

とにかく少しでも

日陰になるようにして

待っててよ!

とんできてもらって、

母は、抱っこされて家の中に。


大柄でもない女性の理学療法士さんですが、

さすがです。


いつもいつも

感謝です!


そして、

また毎日、

これまで以上の

栄養管理と伝い歩きの手伝い。


言語聴覚士さんと

理学療法士さんの訪問介護。


デイサービスの利用。


福祉サービスの利用。


毎日、同じような日が

続いていた

ある日、


いつものように

夜中に母がトイレに起きたので、

(手伝わなきゃ)

と、母を見た時、


    

母がじっと

私を見ていました

じっ…と

私の事を見ていました。

その目が、

あのわたしの小さい頃に

わたしを見ていた

目でした。

あ、

ずっと

たたかれてたんや!

急に小さい時の事が思い出され、

時が止まったようでした。


母はわたしを見たままでした。


そして、

虐待やったんや!

と、分かりました。



今日は、

叩かれへんかった

そう思った日が

ごくたまに有った事を思い出しました。


目を合わさんようにしよ

と思った事も思い出しました。

 

何を

にらんでるねん!

と言われるのが怖いから。


そのあと、

叩かれるから。


今になって思い出して 

思ったことは、

この人はなに?

でした。


急に

腹が立って、

悔しくなって、

許せなくなりました。


つらいとかではありません。

ただただ、

許せなくなりましたゲロー


翌朝、

それでも

自分の記憶違いではないか

確かめようと

ニヤニヤわたしが子どもの頃、ひどい事したよね!?


母は無言でした。

退院後ほとんど喋れなくなっていましたが、

この時は声も出しませんでした。


夜まで、表情が無くなり、

いつもより

からだ全体が固くなっているように見えました。


次の日、

また

わたしが子どもの頃

ひどい事したよね!?

と聞くと、


固まった母は

無表情のまま

話しにくくなった口で、

わるい… ことした…

だけ

言いました。


わたしは事実だったと

確認しました。


これは

地獄の始まりでした



 

 

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