先の記事で余白について触れたが、余白がないと幸せになれないのかというとそうでもない。

 

 

 

先日ある用事で南浦和へいってきた。

 

 

 

電車で赤羽の先の埼玉である。

 

 

 

赤羽を過ぎたあたりから、ビルがなくなり、あきらかに田舎感が増してくる。

 

 

 

乗り降りする人をみてもすぐに都心との違いがわかる。

 

 

 

ボケーっと電車で座っていると、目の前に幼稚園児ぐらいの子供と親子が乗ってきた。

 

 

 

全身しまむらみたいな服装である。

 

 

 

おそらくピクニックにでもいくような感じである。

 

 

 

山手線や地下鉄ではまずみないその光景に衝撃を受けた。

 

 

 

ChatGPTに相談したら、まず子供をはさんだ並び順が刺さるらしい。

 

 

 

そして幸せそうな笑顔をしている。推定世帯年収400万以下なのにだ。

 

 

 

周りには目もくれず完全に3人の世界であり、周りと比較していない。

 

 

 

これが衝撃であった。

 

 

 

金じゃないのか?競争じゃないのか?

 

 

 

そのあと南浦和で降りて、ファミレスにもいったんだが、似たような光景が広がっていた。

 

 

 

都心のギスギスしたスタバとは違う雰囲気。異なる価値観。

 

 

 

背伸びせずただ食事と会話をしているだけ。

 

 

 

どっちが幸せかというとおそらく南浦和に同意する人が多いだろう。

 

 

 

もちろん、南浦和の人々だって、住宅ローンに通勤1時間半ぐらいのストレスはあるとは思うが。

 

 

 

そんなことがあった南浦和の衝撃。