昨日、長男が北海道から帰省して、半年ぶりに4人家族になった。
18年間そうだったのに、何か特別感がある。変な意味ではなく。
体調は、めまいとふらつきが増加。
思い出した。また、もらっていない薬があって先日市大に行った。
その時、めまいやふらつきは抗がん剤の副作用だけど、薬はないと断言。そんな。あるやろ何か。
頭を上下左右、とにかく頭が動くとふらふらしてしんどくなる。
階段なんてもってのほか。動悸も激しくなるし、1階の移動だけで手すりで休まないと辛い。からいちゃうで。
その程度が抗がん剤は休んでいるのに加速してきた。
正月は鳥取に帰省するのに、電車の乗り継ぎができるのか、俺。
今日は、久しぶりにパソコンで書いている。めちゃ誤字が多い。めちゃんこ遅い。情けないが、まるでリハビリをしているようだ。
指先痺れているし、硬直しているから。左右の速さも誤差があり、それが誤字を生む。キーボードの認識能力も遅い。ビギナーの高齢者のようだ。
バックスペースの位置も覚えられないから隣の¥がやたら入る。
写真は、大阪大学にある多浪の会の話。2浪以上の人が入れるサークルだから私も権利はある。
それぞれの経緯が書いてあるのだが、4浪の女の子がやはり気になる。医学部狙いかも知れないとか想像するけど、記事には触れてなかった。
私は、1浪は高校にあった、あー名前忘れた。鳥取には予備校がなかったから、高校4年生みたいに同じ高校の先生がグランドのプレハブで教えてくれた。
高校は卒業しているから頭髪検査とかはなく。だけど、あくまで公立だから高校の制服は着なくてはいけない。
だから、ヤンキーのように長髪で制服にみんながなってきて、18歳は超えているからゲームセンターで注意される年齢ではないけど、見た目は制服だからよく指導を受けていた。
ちょうど、最初のインベーダーが流行り始めた時代。まだ、モノクロで図書館の隣の茶店でかなりやった。
現役で入学できた友達に出世払いで高額貢いでもらったが。
まあ、出世していないから許してM君。N君も同罪やで。ふたりとも今は公務員だったっけ?
思い出した。名前は、専攻科だったような。
2浪は池袋のサンシャインの隣の予備校。そこで、京都の私学に合格したけど、京都まで行って受験の谷間で受けた学部だった。
なんでここだけ受かる?偏差値は希望の学科の方が低いのに。
そこで、東京にいる間に、一番高額もらえる産経新聞の奨学生に申し込んで、住み込みで働きながら4回目の共通1次を受験を決意。
ああ、このくだりは昔書いたような気がしてきた。どこまで書いたっけ?
大学は1か月だけ通学したけど、高槻からうちの大学へは時間がかかり過ぎ。
毎朝4時から働いて、1日7時間くらいは労働義務があった。受験勉強なんかできる時間がないから通学は諦めた。
そのうち、大学にうちは予備校じゃないからと指摘されて除籍処分にされて背路を絶って受験したのに、またまたまたまた共通一次試験は失敗。
鳥取から出てもみんなは関西か山陽の予備校だったのに、東京に行ったのは私だけだった。
一応、大学には通学しているふりをして。親には迷惑かけたから仕送りも大学のすべての入金も自分で払うからと住み込みで働いたのに大学は除籍だし、行ける大学はないし。
失礼だけど、ただの新聞屋のバイト君になった時の絶望感は半端なかった。
1つ上の先輩も同じようなことをしたと今年市大へのお見舞いで知ったけど、除籍の後復学制度があると説明を受けていたらしい。
私の学部ではその説明がなかったから除籍は退学と同意語だった。
たまたまその後大学から期限内に学費を払えば復学できると言われてお金は持っていたから復学した。
新聞屋が電話を取り次いでくれなかったら、その後、どうなっていたことか?
浪人していろんなことを学んだが、長男は1浪で済んでホッとした。
多浪ほど、おすすめできない。
素人には。
理想が高すぎて、悲惨な現実になった人を何人も知っているから。
元東大志望なんて、ただの自己満足。
私も理想が高過ぎて、現実との調整に苦しんだ。
長男も社会に揉まれて、常識が何かを理解できるようになってきた。
嬉しい誤算だ。

