帰省が盆の後半なので、祖母の家の仏壇へお参りへ。
その後、みんなで食事会。こういう時、裕福な老人とそうでもない老人と。差が付くところに違和感を感じて来た。
亡くなった親父も、帰省するだけでも晩年は金で釣ろうとした印象があり、悲しさを覚えた時代があった。
金の有無ではない。親の顔くらい見に帰るのに、自信のない発言には驚いた。自信の塊のような親父から弱気な発言は聞きたくなかった。
それだけ高齢になると、永年のアイデンティティよりも生きる辛さが巨大化するのだろう。
やはり、戦中戦後は、桁違いの歴史がある。親父もおそらく学徒要員の満州派。毎年、同窓会の誘いのようなハガキが来ていたが、参加していた気配はなかった。
年齢の近い五木寛之は北朝鮮からの引揚者だが、そういう人は戦場の悲劇を目の当たりにしているので、その後の人生に、大きな爆弾を抱えて過ごしている。
お盆の間くらい、そんなことへ想いを寄せてもバチは当たらないか。
