今日も学生時代の友人がお見舞いに。
ありがとうでした。ところがね。
ブログを読んでくれているので、シーツを見て、昨夜の体液事件の残骸とすぐわかったようす。
医者には朝、出血が酷いと縫いますからと言われてたが、まあ、あれだけ出れば残ってないだろうし、昨夜の友人の天然のせいだからと思っていた。
薬の件で、部屋に戻されて、腰に手を当てると冷たいやん。見ると、デカガーゼから体液が溢れていた。またかよ。
3針くらい麻酔もなくベッドの上でササっと縫われてしまった。私はシーツじゃねーぞ!
縫ってから、最後は糸をキュッと縛れば終わり。
キュキュッと。
キュキュキュキュッ〜と。
痛いっちゅーの!
縛れたら先を短くして終わり。
冗談で、これで退院が伸びましたねと言うと、外来で糸は抜きますから大丈夫ですと言い、そそくさと退散。
最後まで、シーツの修繕と同じテイストだった。
マジメか!
きっと、私がふざけ過ぎなのでしょう。昨日のドレーン講座なんか、見つかったら殴られそう。
大阪なんだから、少しはジョークも勉強してよ。
看護師さんも、若い子ほどコミュ力が低い。相手に応じた言葉のチョイスが必要なのに、同じ単語をひたすら繰り返す。
耳が悪いと、認識能力も落ちる。だから、余計に相手の脳にちゃんと届ける技術が必要だ。なのに、単に声が大きくなるだけ。
言葉は、相手の脳の中心に届いたかを確認できて完成される。だから、会話はキャッチボールに例えられるのだと思う。投げる時は、相手が一番取りやすいところを狙う必要がある。
ところが、今のピッチャーは投げっぱなし、キャッチャーはよそ見が多く顔面キャッチ。当然、乱闘と言う名の炎上。ハラスメント騒動。
何か、天声人語みたいな内容やん。コラムニストにも憧れたなあ。
高校生の頃から、こういうことを考えていたから、教育学を専攻したかった。だけど、教育学専攻の学校は、極めて偏差値が高く撃沈。
だが、20歳の時住み込んだ新聞販売所で数々の事件に巻き込まれ、社会はそんな机上の空論とは異なる次元で動いていることを体感させられた。
ここから、うるっちは現実主義者へと変わっていった。
(ナレーション 橋本さとし)





