自転車で市中警護をしていると、妙な壁に出会った。何で家の形なんだ?
まあ、予想通りだが、潰した家がブロックの跡が、見事に反映されている。これほど見事に隣の壁にプリントされるのも珍しい。幅広い長屋が部分だけ潰された残骸も見事な場合が多いけど。
壁で何か書こう。
入院した最悪の状態は術後の数日間。訳のわからないパイプが体に何本も付けられ、腹には人工肛門。顔には酸素マスク。身動きできないから、もちろん糞尿は垂れ流し、もしくはチューブの中へ。脳以外は、不自由だった。
ここから、自転車で走れるようにまでになった。
脳がやられるとその差まで失われたが、脳だけは意識はあったから認識できる。
他人の闘病日記はたまにしか見ないけど、やたら感謝の言葉が飛び交っているのは、その所為だと自覚できる。
感情の究極のゴールは、感謝の心だと思う。最低の底が深いほど、感謝の心が大量に湧いてくる。不思議な現象だ。宗教にも近い感覚。
だから、従来のちっぽけな小石にはつまづきたくない。
でも、そこが愚かで未熟な私は、何もないフラットな路面でもつまづいて、振り向いているのよ。
ああ、テーマは壁だった。ちょっとズレたやん。壁は、また。

