27歳の頃、ボクシングをプロで一度だけやってみたいと思い、まず行ったのが京橋の大阪帝拳ジム。入りたいというと、コーチらしき人が入会金1万円って言い、裸の1万円札をズボンのポケットに無造作に突っ込んだ。1万円は、あの人のポケットのままだろうと思った。
当時ボクシング人気が高く、室内だけでは練習ができなくて、路上でシャドーする選手も多かった。一応大学でやっていたから、ビギナーの中でやる違和感も感じつつ、大した成績でもなかったので中途半端な立ち位置だった。
ある日、ひょろっとした少年が、バンテージ結んでくれと弱弱しく言ってきた。自分で巻いたが、最後の蝶々結びができないようだった。明らかに10歳は違うガキがため口だったのが気になった。体育会では1学年違うだけで格差が大きかったのに。
そんなん自分でやれや。
大学では、1回生でも自分の手と口で結ぶのは当たり前だったからそう言った。その少年は、がっかりしてスゴスゴとどこかへ消えていった。
やがて、サンドバッグ付近から、いつもと違う音が鳴り始めた。低くて、重い音。試合も出たことのない練習生がほとんどだから、その選手の動きは異才を放っていた。さっきの少年だった。
やがて彼は日本チャンピオンになり、世界へ羽ばたいていった。
その少年こそ、辰吉丈一郎。
私のちょうど10歳下だから、彼が17歳の頃。
いつもは静かで淡々としながら、動き始めるとギアが入る振れ幅が大きいシンプルな動物だった。
そして、10年後。
カーマガジンの編集をする仕事で、ギラギラにドレスアップされたセルシオを取材した。オーナーが、辰吉だった。
そこには、モノクロで記憶された辰吉少年ではなく、ゴールドだらけの自信に溢れた青年が立っていた。
ここでもまた、振れ幅の大きさを感じさせた。
そこからまた約20年後の現在。彼は48歳。
さらに、振れ幅の大きいおっさんになっている。
