頭の良い馬鹿
今日は大学の授業がいつもより遅くから始まると
ネコチャトラさん からメールが来てたので色々な
所を回りながらゆっくり学校に向かったのに何故か
定時到着
してしまったので大学のパソコン室にてこうしてる訳ですが・・・
おかしいなぁ・・・こんなに早く着く訳が無いんだけどなぁ・・・(-w-;
あ、そういえばまきじゃっくさん からもコメントで聞いていたのですが
何日か前に記事にした 植草・・・えー・・・?
植草さん?もうそれでいいやw
何かあの方が警察のでっち上げだとか言って騒いでるそうですね。
「酔っ払って記憶が無かった」と言う割には随分自身が有るお言葉ですw
しっかり自覚なさってるから出る言い訳じゃないですか?ww
まぁ再犯率の高い性犯罪において自分から罪を認めて
大人しく捕まるとは考え辛い部分がありますけどもね、
記憶は無いが冤罪だって一体どういった経緯で主張なされているのかw
頭良いんだったらもうちょっとマシな言い訳付かなきゃね。
よっぽどその辺で屯してるにーちゃんの方が言い訳上手いんじゃないか?
どうでもいいけどさ、そんな事はww
よく根拠は無いけど言われる話で「頭の良い馬鹿」とか
「人間として馬鹿」っていう話を聞くけど、どうなんだろう?
一つの事を考える時に知識や思想に偏りが有っては
少なくとも一点からの視点しか持てないから全体として
物事を捉える事には向かないかもしれないけど、
そういった専門とも取れるような知識や思想の偏りの無い
考え方を持つ人なら浅くも広い物の見方が可能かもしれない。
もしもその一点の知識や思想が必要ならば話は別だけど。
今のは飽くまで知識とか志向の方向を
業務的にそれ自体を機能として使用した時の事だったけれど、
「人間として」活用する時にはどういった差が出るんだろう?
やっぱり広い物の見方は出来ないものなんだろうか。
むしろ一点でも見通しが有る分補えるのかな?
それともやっぱりそういった所に歪みが生まれるとか?
過程が見えない分結論は出し様が無さそうな気もしますね。
精神的な部分と知識との関係性って感じでしょうか?
その手の本読んだら書いてあるかもしれないけれど、
実しやかに囁かれるほど真実味が有る話ではないかも。
まぁこれもどうでも良い話ですねw
犯罪者に関して愚かでないとは言えないしww
