近年、国内で株主優待を流行させたのは、株主優待名人桐谷広人氏だと思う。

桐谷氏はもともとプロ棋士で、29歳のときに各証券会社が加入する東京証券協和会が主催する将棋部の師範になり、5年が経過した頃、桐谷氏の住む地域の証券会社の支店に、将棋が大好きな支店長が着任。桐谷氏は支店長の上司を教えた縁で支店を訪問。

桐谷氏は支店の若い女性職員にいい格好をするために商品を買おうと、株価が安くて配当の高い銘柄を適当に選んで20数万円で買ったという。仕手株銘柄だったことで、1カ月で5万円の利益に。そこで定期預金の一部を解約して色々な株を買う。

当時はバブル全盛で、桐谷氏の儲けは1億円に達し、自分は「株の天才」だと勘違いして、信用取引も開始。しかし、1990年の大発会から値下がり、損失を取り戻すために信用取引に力を入れてどんどん損失が膨らみ、大損覚悟で清算。やること全てが裏目に出る。

いったん株を休んでいた桐谷氏は、2007年春に棋士を引退し、株式投資で生活する決心をして、3億円の資金を30億円にする目標を立てる。今度は米国でサブプライムローン問題が表面化し、日経平均株価も下がり続けて、資金は1億3,000円まで減る。2008年のリーマン・ショックで世界中の株式市場が一斉に暴落し、資金が5,000万円まで減る。

桐谷氏は田舎の実家へ帰ることも検討するが、帰ってしまうと東京へは戻れないので、13万円の家賃と光熱費を歯を食いしばって払い、食費や生活費は株主優待品でまかない、0円で生活すると決める。

それが桐谷氏の優待生活の始まり☟。

食費は優待品のお米でまかない、おかずも優待品のお豆腐。半年に1回2,500円分の豆腐の引換券を受け取り、年間2万円分の豆腐を食べる。自宅の近所には引き換えられる店がなく、桐谷氏のトレードマークの自転車で都内を走り回ることになる。


「桐谷さんと行く、株主優待で朝まではしご酒 in 渋谷」松井証券(2019年1月30日)

松井証券


米国や英国にも株主優待はあるが、自社商品の割引が主で、株主優待の件数は日本よりも少ない。

ブログ管理人は、配当株狙いだけれども、桐谷氏のような生活費0円の優待生活にも憧れる。



2019年1月11日
2020年1月11日 更新


【引用・参考】
「超簡単【桐谷式】株主優待のはじめ方」トウシル