○沖縄文化の尊重に努められて
陛下は鎮魂と平和への祈りを「琉歌」に託されました。琉歌とは、八・八・八・六音を基調とした沖縄独特の短歌です。
今上陛下は琉球の古代歌謡集「おもろそうし」などをテキストに、皇太子時代より沖縄独自の文化である琉歌を長い時間をかけて独学で学んでこられました。
魂魄之塔(昭和五十年)
花よおしやげゆん人知らぬ魂
戦ないらぬ世よ肝に願て
(花をささげます、人知れぬ御霊に。戦のない世を心から願って)
摩文仁(昭和五十年)
ふさかいゆる木草めぐる戦跡
くり返し返し思いかけて
(生い茂っている木草の間を巡ったことよ、戦いの跡にくりかえし思いを馳せながら)
※魂魄之塔は沖縄戦でなくなった日米全ての戦没者を祀っています。摩文仁は沖縄戦において日本軍が米軍と戦闘した最後の場所です。今はそこに沖縄戦で戦没した方々の都道府県出身ごとに慰霊碑が建立され、それぞれにその御霊が祀られています。
「おもろそうし」などをかつて陛下にご進講(皇族に学者等が業績などをご説明申し上げること)になった外間守善さんは陛下の琉歌についてこう語ります。
「沖縄の人はみんなびっくりしています。今の沖縄の人は、琉歌は詠めない。けれども、天皇はこれだけ歌っているんだ。こんなに歌ったのは琉球王でもありません。琉球王でも一番多い人で十首ぐらい。大抵、二首か三首。今の天皇は、二十首以上つくった。本当に天皇は真剣だったんだな。」
沖縄の人も使えない言葉を歌い込まれ、かつての琉球王以上の数をお詠みになる。それほどまでに熱心に琉歌を学ばれる陛下のご姿勢。
それは沖縄の人々の心を理解し、その苦しみや悲しみで絡まった心の糸を、一つ一つ解きほぐそうとされるかのようです。
○陛下の祈りに呼応する県民の心
六月二十三日、沖縄全戦没者追悼式。人々は平和祈念公園に集まり、戦歿者を偲びます。その前日の二十二日、平和祈念堂では、前夜祭が行われました。遺族が中心となって催されるこの前夜祭は、歌や踊りを通して死者の魂を鎮めるという、沖縄の伝統文化に根ざした追悼行事です。
人々は心を込めて戦歿者や犠牲者の冥福を祈ります。ここで、天皇陛下の詠まれた「ふさかいゆる・・・」の琉歌が、献奏されます。この追悼式で陛下の琉歌を唄っておられる皆さんは次のように語られます。
「「繰り返しおもいかけて」という表現はすごいなと思ったのですね。なぜかと言うと、戦争が終わって、戦の後はほとんど元に戻って、木や草もたくさん茂って、どこで戦があったかわからなくなっている今だが、しかし、繰り返し繰り返し、この当時のことを思い出して、亡くなった方たちを思いながら・・」
「沖縄の人たちの心、想い、喜怒哀楽が表現される琉歌を天皇陛下がご理解なされて、そして天皇陛下自らも琉歌を作られたこと、これも本当に沖縄の人たちの心を理解、共感していただいた証だと思います。とてもありがたいな、と思っています。」
沖縄に御心を寄せ続けてこられた陛下の琉歌は、沖縄の伝統文化に溶け込み、そして、戦歿者を悼む遺族の心と一つになって今も息づいているのです。