先日のガイダンスに参加してくださった皆さん、有り難うございます
参加できなかった皆さんにも是非ガイダンスの内容を
お伝えできたらと思い、ここに部長のレジュメを抜粋して掲載します

一、大学生としての誇りを持つこと
~同志社大学の建学の精神に立脚して~
改めまして、皆さんご入学おめでとうございます。
長い受験勉強を乗り越え暖かい春がやってきましたね。
わたしは桜を見ると、一年前、憧れの同志社大学に入学した日のことを思い出します。
私は一年間の浪人をへて同志社に入りましたので入学式の桜は感慨深いものがあります。その頃私が感じていたことは、「受験は終わった!これで自由だ、遊ぶぞ!」といったことでした。
当時の私にとって大学は自由で好きなことをして、
遊んで楽しむ場と思っていました。新入生の皆さんはどう思っているでしょうか?
「自分は四年間学業に励むんだ!」と思っていても、
残念ながら現在の大学は学問のよろこびを感じる空間とは言えない状況にあります。
それは皆さん入学したてですからまだ感じないかもしれませんが、
いずれ大学に憂いを感じる瞬間があると思います。
もしくは私のように入学前から学問をする気持ちが高まっていないかもしれません。
同志社大学は関西の私大で最も最難関であり、
それを突破する学力と志を持っているはずですが、
残念ながらそれが今の同志社です。この憂いを感じた瞬間が、
学生として、一人の人間として問われる時です。
高い志を持っていても初志貫徹できる人は少数派で、
大多数が作った大学の雰囲気に流されてしまいます。
しかし、同志社の校祖・新島襄先生は次のような言葉をのこされています。
『一国を維持するのは、決して二、三の英雄の力ではない。実に一国を形成する、教育があり、知識があり、品性の高い人たちの力によらなければならない。これらの人たちは「一国の良心」と言うべき人たちである。そして私たちはこの「一国の良心」[良心の全身に充満したる丈夫(ますらお)]ともいうべき人たちを養成したいと思う。』
大学は国家の二十年後の縮図といいます。
楽の感情に捕らわれた人間が大多数の人間が世界に傑出した国家を作れるでしょうか。
楽の感情は結局のところ自分以外の人間を動かすことができないからです。
新島先生が残されているように、
『一国の良心』
がある日本を打開しようとするパワーを持った学生を求めているのだと思います。
私は新島先生が本来目指したこの『一国の良心』に基づく同志社大学を取り戻したいと思います。その為に日文研を作りました。
皆さんもこの『一国の良心』を心に、大学四年間を日文研で有意義に過ごし、国家・社会をリードする人間を目指しましょう!
二、日文研が掲げる「日本の誇り」
では、国家・社会を動かす人間になるには何が必要でしょうか?
国家を担う存在になるには相当のパワーが必要でしょう。
では、そのパワーはどこから湧いてくるのか。
我々、日本文化研究会では日本の歴史・伝統・文化を
教科書では教えられない部分にスポットをあて、
今失われつつある「日本の誇り」をもった学生を創出していくことを
理念として活動していきます。
私はこの「日本の誇り」こそが日本を動かすパワーになるという信念を持っています。
ここで皆さんに注目して頂きたいのは、
この日本の誇りが失われつつあるということです。
私は法学部に所属しています。
その法学部には三つのコースがあるそうで、
政治思想、国際政治、もう一つはしっかり覚えていませんが、
政党政治だったと思います。
そしてこの三つのコースに進む学生の八割が国際政治を選んでいるそうです。
「世界はインターナショナルになりつつある」、
とこの説明を受けた時の教授は言っていました。
今は国際化が流行りなのでしょう。
結構なことだと思いますが、私がここで懸念することは、
国際化の名の下で「日本」という国家像が薄らいではいないか、ということです。
祖国の自我無く世界を語るということは、
ペットの犬が自分は人間、家族の一員だと思っていることに近いものがあります。
それか、国境をないものとし世界はひとつと思っている民族無形論者でしょう。
いずれにしても我を見失っているだけです。
そんな我を見失った国際人が世界に出たとしましょう。
世界はひとつと思っていた国際人は、
日本から一歩外に出れば必ず外国人として見られます。
同志社にアフリカ人が居たらどうおもいますか?
日本人の学生なら誰がどう見ても外国人であり、
自分と同じ民族とは思えません。それと同じです。
それが当たり前です。
そのアフリカ人が「ワタシ、地球生まれだからあなたと同じね。」
と言ってきたらどう言を返しますか。
素直に「それはそうだ」、と思う前に
「地球人である前にアフリカ人やろ!」と思うでしょう。
世界に羽ばたく国際人になりたかったら日本人であることを自覚すべきです。
日本は、世界にその名を轟かす歴史をもった、誇り高き国家です。
今その誇りが失われているのは、ひとえに日本の歴史を知らないことにあると思います。歴史とは民族の今までの営みであり、記憶です。
よって歴史を持たない人は、記憶を持たない人という事になります。
記憶がなければ個性も無く、自分が誰なのかも分かりません。
これが今の日本に当てはまると思います。
我々日文研が歴史を学ぶことは全てこの「日本の誇り」を取り戻すことにあります。
教科書では教えられない歴史から私たちの国を見つめていきましょう。