前回のブログと同じく、自己満の思い出話になってます
長すぎですから、スルーで結構です
おにぎり屋の閉店を知り、心がえぐられた直後
今度もまた、私には悲報にしか思えない事が・・・
同じ街です
前回は赤いテントが目印で・・
今回は自宅があった左の直線とは反対の
おにぎり屋の同じ並び、右に進むとすぐあるラーメン屋の話

私、この街に住んだ頃はとっても貧乏で
ごはん食べれない日もあった
そして色んな心の葛藤があったり、そんな矢先、
一人暮らし半年くらいで、体に異変が・・・
近くの病院へ行ったら、大学病院紹介されて
すぐに、思わぬ入院を余儀なくされました
病気になってしまったのです。
自分で思ってたより重くて、どんどん意識無くなり
死にパクリました。
今、肝臓が悪いのもこの時の名残もあります。
入院中、同じ町に住む、家の近くの銭湯のオバサンが
救急車で運ばれてきて、同室になった。
まさかの近くの人で、すぐに仲良くなり、
あそこのラーメン食べたことある??って聞かれて
一人でなど、らーめん屋で食べれない私。
行列は出来てるけど行ったことないですって言ったら、
あなた‐損してるわよー、あそこ本当に美味しいから
絶対行って食べてみて!って言われて…
何とか山を越え、退院できて、
そしたら丁度、その頃かなぁ・・
国王が、一人暮らしの私のアパートに転がり込んで来て~
超迷惑だったわ―!(笑)
それで初めて、そのラーメン屋に行ったのね。
それまでは、実家がラーメン屋だったこともあり
今みたいにラーメンも、そんなに食べてなかった
もう、死んでもいいかな・・なんて思ってたので、
食べる事に興味もなく・・・
うまくいかない事は全て人のせいにして
勝手に心閉ざしてる頃・・・アホでした。
それで初めて行ったお勧めのラーメン屋。
昔は場所もちょっと違ってね・・

そうそう・・・この赤い提灯が目印で…
人がいっぱい並んでた。
初めて食べたらーめん

並んだ甲斐があって、本当に体に染みわたるほど美味しくて感動!
なんかね、もう一度頑張ってみようって、思えるくらい
本当に美味しくてね。
昔懐かしい醤油ラーメンだけど、どんどん後から
旨みが出て来てね。
それ以来大ファンになってしまって、通うように・・・
お金無かったから給料もらったらここへ行って食べるみたいな・・・
何か頑張ったら、ご褒美ラーメン・・・
辛かったら、頑張るためのラーメン・・
何かにかこつけて、ココのラーメンが楽しみになった
私のラーメン好きの原点は、ココからです。
マスターとパンチパーマの弟子1号と
中国人留学生のめがねの弟子2号
この3人でやってる頃が大好きだった
小さなカウンターのみの店。
ある日、いつものように寒い外で震えながら待っていた
次、私達の番という時に・・
いきなり黒づくめのジャガーが1台停まった・・・
中からはいかにもって方が出てきて
列に並ばずに、2人と言って入ってきた
するとマスターのげんさんが、私を席に誘導・・・
コチラのお客様が先です!!って
そしたら893さんが、あれ?俺たちに食べさせてくれないの?
って睨んだ・・
げんさんも、負けずに睨む・・・・
コチラのお客様先ですから!!声も荒げて、視線も鋭い!
私びくびく!!
前からマスター、目が鋭いなって思ってたけど、
カタギじゃないかも?って思ってしまった
壁や椅子をけっぽりながら暴れようとする
完璧脅し・・・しかも私のとこに来て
お姉ちゃん一緒に食べようと…
そしたらげんさんが、私をかばって、お引き取り下さい!
と、凄い今までにない睨みで・・・

すると今まで、大暴れしてた893さんが、急に大人しくなって
車に乗って帰って行った。
何もなかったように、げんさんがお席にどうぞ!
スミマセンでしたー!って・・・
そう、佐野実さんにちょっと似てるんだわ。鋭い目つきが・・
当時、げんさんは、オールバックの髪に
俳優並みの顔立ち、
目が鋭くて、ちょっと強面。
余計な事は一切喋らない、もくもくとラーメンを作る
頑固な職人気質な男でした。
一本筋の通った人でした
でもこの日は、何も言わず、私が頼んだ味噌ラーメンに
サービスで玉子が入ってた

味噌ラーメンと野菜らーめんに入ってる
この野菜炒めが絶妙に美味しくてねー
いつもどっち食べるか迷うんです。

寒い日は体が温まり、暑い日も汗かいながら食べる
当時の最高のご馳走
私、この日のげんさんに完璧に惚れてしまって・・・
この不器用なほどのおじ様に・・男として、
人間として、憧れてしまったんです。
本当にカッコ良かった。
当時42歳くらい。私20歳頃!
この日以来、ラーメンに敬意を表し、
長い髪をかき分け食べるのをやめ、
いつでもゴム持参、少しでも、店の為になりたくて
席を詰めたり、早く食べるように心がけたり、
丼ぶりも下げる手伝いしたり、テーブルまで拭いた
少しでもげんさんの役にたちたかった(笑)
必ずご馳走様でした。美味しかったですと告げて帰る
弟子が作るらーめんと、げんさんが作るラーメンは
まるで違う。
げんさんは魂をも入れるから・・・
区画整理があって、お店が近くに移転

新しい店は、今までの夕方から深夜2時までと変わって
昼もやるようになって・・・
弟子のカルロス3号が昼間やるようになって
行列が出来なくなって行った・・・・
げんさんに会えるのは夜のみ
私も、いつの間にか、バブルで稼ぎが良くなって・・・
音楽とも離れ、ふざけた女にのし上がった・・・
人の金で、高級料理を食べ歩く日々・・・
食べるに困らないお金も手にしていた。
でもどこも美味しいけど、満足できるのはやっぱりげんのらーめん
いつでも食べたいのはげんのラーメンだけだった
そんな私もとうとう、結婚して、埼玉に引っ越すため
げんのらーめんとお別れする時が来てしまう。
埼玉に越して姫が生まれて、赤ちゃん連れでは行けなかったから
姫がある程度、お利口で待てる年までらーめんを、封印した、
やっと大きくなって久しぶりにあの町へ行き、げんのらーめん。
涙が出た。
本当に本当に美味しかった・・・・・変わらない味
げんさんも覚えていてくれたのか、こっちをちらちら見てる
そして帰り際に、ご馳走様でしたと言う私に、
ありがとうございましたー。おめでとう~って
小さい声で言ったんです
涙が溢れました。分ってたんだ。子供見せれて良かった―
余計な事をしゃべらないげんさん。
いつもご馳走様とありがとうのみの会話。
私はげんさんの、仕事する姿が大好きだった


本当に真剣な眼差しで、作って行く。
いつの間にか、時代は流れ・・・
弟子たちは去って行った。
奥さんが手伝う時もあったが、げんさんひとりで切り盛りすることが
多くなってた。
東京へ行く度に、お店により、ラーメンを食べた
私も人の親になったから、当然げんさんも年を取る・・・
オールバックも何時しか真白くなり・・・
お腹もぽこんって出て来て・・すっかりおじさんに。
でも目は相変わらず鋭くて、それでも丸くなったと感じていた。
時折体も辛そうにしてた。
前回、東京に行った時、お店が閉まっててね。
とっても心配してたんですが・・・
とうとうこの日が来た・・・・・
また、貼り紙かよ・・・・・・・・・。
しかも、私最後食べ納めしてないし・・(号泣)

廃業って・・・・・涙…
正直実家のラーメン屋が無くなった時よりもショックです。
体きついんかな…
もうとうに60は軽く超えてるから・・
全部ひらがなで書かれたメニュー

どんなに世間が値上げしてもげんさんは値上げしなかった
もうあのラーメンが食べれないなんて・・・・
げんさん、30年間も・・・・・
あの日初めて食べてから、私のソウルフードと言えばげんのらーめん
死ぬ前に食べたいらーめんは、げんのらーめん
いろんならーめんを食べたけど、
流行のラーメン屋ではないけど、有名ではないけど
いつでもげんのらーめんと比べてしまう
大好きならーめん。
今までご馳走様でした。
本当に美味しかった。あの1杯に救われ今日まで来ました
げんさんありがとう。お疲れ様でした。
そして最後に見つけました。お写真拝借です。
笑ってる??奇跡の笑顔
これ見て声を上げて泣いてしまいました
げんさん!!
すっかり年取って優しい表情になられたんですね(号泣)

あなたが大好きでした。
あなたのラーメンも大好きでした。
目の前に居たら抱きつきたい!!
いつの間にか父とあなたを重ねていたのでしょうか?
この思いをご本人に伝えたかったです。
たかがらーめんですが、私にとってはかけがえのない証!
涙が止まらない・・・・・・・。
今回の貼り紙も、おにぎり屋同様、私にはキツイデス
ちょっと立ち直れなかった・・・・・
読んで下さってあありがとうございます
次回は最後、喫茶パーラー編で終結です。
私の大好きな街がとうとう・・
この曲が、余計に胸をえぐる・・・
長すぎですから、スルーで結構です
おにぎり屋の閉店を知り、心がえぐられた直後
今度もまた、私には悲報にしか思えない事が・・・
同じ街です
前回は赤いテントが目印で・・
今回は自宅があった左の直線とは反対の
おにぎり屋の同じ並び、右に進むとすぐあるラーメン屋の話

私、この街に住んだ頃はとっても貧乏で
ごはん食べれない日もあった
そして色んな心の葛藤があったり、そんな矢先、
一人暮らし半年くらいで、体に異変が・・・
近くの病院へ行ったら、大学病院紹介されて
すぐに、思わぬ入院を余儀なくされました
病気になってしまったのです。
自分で思ってたより重くて、どんどん意識無くなり
死にパクリました。
今、肝臓が悪いのもこの時の名残もあります。
入院中、同じ町に住む、家の近くの銭湯のオバサンが
救急車で運ばれてきて、同室になった。
まさかの近くの人で、すぐに仲良くなり、
あそこのラーメン食べたことある??って聞かれて
一人でなど、らーめん屋で食べれない私。
行列は出来てるけど行ったことないですって言ったら、
あなた‐損してるわよー、あそこ本当に美味しいから
絶対行って食べてみて!って言われて…
何とか山を越え、退院できて、
そしたら丁度、その頃かなぁ・・
国王が、一人暮らしの私のアパートに転がり込んで来て~
超迷惑だったわ―!(笑)
それで初めて、そのラーメン屋に行ったのね。
それまでは、実家がラーメン屋だったこともあり
今みたいにラーメンも、そんなに食べてなかった
もう、死んでもいいかな・・なんて思ってたので、
食べる事に興味もなく・・・
うまくいかない事は全て人のせいにして
勝手に心閉ざしてる頃・・・アホでした。
それで初めて行ったお勧めのラーメン屋。
昔は場所もちょっと違ってね・・

そうそう・・・この赤い提灯が目印で…
人がいっぱい並んでた。
初めて食べたらーめん

並んだ甲斐があって、本当に体に染みわたるほど美味しくて感動!
なんかね、もう一度頑張ってみようって、思えるくらい
本当に美味しくてね。
昔懐かしい醤油ラーメンだけど、どんどん後から
旨みが出て来てね。
それ以来大ファンになってしまって、通うように・・・
お金無かったから給料もらったらここへ行って食べるみたいな・・・
何か頑張ったら、ご褒美ラーメン・・・
辛かったら、頑張るためのラーメン・・
何かにかこつけて、ココのラーメンが楽しみになった
私のラーメン好きの原点は、ココからです。
マスターとパンチパーマの弟子1号と
中国人留学生のめがねの弟子2号
この3人でやってる頃が大好きだった
小さなカウンターのみの店。
ある日、いつものように寒い外で震えながら待っていた
次、私達の番という時に・・
いきなり黒づくめのジャガーが1台停まった・・・
中からはいかにもって方が出てきて
列に並ばずに、2人と言って入ってきた
するとマスターのげんさんが、私を席に誘導・・・
コチラのお客様が先です!!って
そしたら893さんが、あれ?俺たちに食べさせてくれないの?
って睨んだ・・
げんさんも、負けずに睨む・・・・
コチラのお客様先ですから!!声も荒げて、視線も鋭い!
私びくびく!!
前からマスター、目が鋭いなって思ってたけど、
カタギじゃないかも?って思ってしまった
壁や椅子をけっぽりながら暴れようとする
完璧脅し・・・しかも私のとこに来て
お姉ちゃん一緒に食べようと…
そしたらげんさんが、私をかばって、お引き取り下さい!
と、凄い今までにない睨みで・・・

すると今まで、大暴れしてた893さんが、急に大人しくなって
車に乗って帰って行った。
何もなかったように、げんさんがお席にどうぞ!
スミマセンでしたー!って・・・
そう、佐野実さんにちょっと似てるんだわ。鋭い目つきが・・
当時、げんさんは、オールバックの髪に
俳優並みの顔立ち、
目が鋭くて、ちょっと強面。
余計な事は一切喋らない、もくもくとラーメンを作る
頑固な職人気質な男でした。
一本筋の通った人でした
でもこの日は、何も言わず、私が頼んだ味噌ラーメンに
サービスで玉子が入ってた

味噌ラーメンと野菜らーめんに入ってる
この野菜炒めが絶妙に美味しくてねー
いつもどっち食べるか迷うんです。

寒い日は体が温まり、暑い日も汗かいながら食べる
当時の最高のご馳走
私、この日のげんさんに完璧に惚れてしまって・・・
この不器用なほどのおじ様に・・男として、
人間として、憧れてしまったんです。
本当にカッコ良かった。
当時42歳くらい。私20歳頃!
この日以来、ラーメンに敬意を表し、
長い髪をかき分け食べるのをやめ、
いつでもゴム持参、少しでも、店の為になりたくて
席を詰めたり、早く食べるように心がけたり、
丼ぶりも下げる手伝いしたり、テーブルまで拭いた
少しでもげんさんの役にたちたかった(笑)
必ずご馳走様でした。美味しかったですと告げて帰る
弟子が作るらーめんと、げんさんが作るラーメンは
まるで違う。
げんさんは魂をも入れるから・・・
区画整理があって、お店が近くに移転

新しい店は、今までの夕方から深夜2時までと変わって
昼もやるようになって・・・
弟子のカルロス3号が昼間やるようになって
行列が出来なくなって行った・・・・
げんさんに会えるのは夜のみ
私も、いつの間にか、バブルで稼ぎが良くなって・・・
音楽とも離れ、ふざけた女にのし上がった・・・
人の金で、高級料理を食べ歩く日々・・・
食べるに困らないお金も手にしていた。
でもどこも美味しいけど、満足できるのはやっぱりげんのらーめん
いつでも食べたいのはげんのラーメンだけだった
そんな私もとうとう、結婚して、埼玉に引っ越すため
げんのらーめんとお別れする時が来てしまう。
埼玉に越して姫が生まれて、赤ちゃん連れでは行けなかったから
姫がある程度、お利口で待てる年までらーめんを、封印した、
やっと大きくなって久しぶりにあの町へ行き、げんのらーめん。
涙が出た。
本当に本当に美味しかった・・・・・変わらない味
げんさんも覚えていてくれたのか、こっちをちらちら見てる
そして帰り際に、ご馳走様でしたと言う私に、
ありがとうございましたー。おめでとう~って
小さい声で言ったんです
涙が溢れました。分ってたんだ。子供見せれて良かった―
余計な事をしゃべらないげんさん。
いつもご馳走様とありがとうのみの会話。
私はげんさんの、仕事する姿が大好きだった


本当に真剣な眼差しで、作って行く。
いつの間にか、時代は流れ・・・
弟子たちは去って行った。
奥さんが手伝う時もあったが、げんさんひとりで切り盛りすることが
多くなってた。
東京へ行く度に、お店により、ラーメンを食べた
私も人の親になったから、当然げんさんも年を取る・・・
オールバックも何時しか真白くなり・・・
お腹もぽこんって出て来て・・すっかりおじさんに。
でも目は相変わらず鋭くて、それでも丸くなったと感じていた。
時折体も辛そうにしてた。
前回、東京に行った時、お店が閉まっててね。
とっても心配してたんですが・・・
とうとうこの日が来た・・・・・
また、貼り紙かよ・・・・・・・・・。
しかも、私最後食べ納めしてないし・・(号泣)

廃業って・・・・・涙…
正直実家のラーメン屋が無くなった時よりもショックです。
体きついんかな…
もうとうに60は軽く超えてるから・・
全部ひらがなで書かれたメニュー

どんなに世間が値上げしてもげんさんは値上げしなかった
もうあのラーメンが食べれないなんて・・・・
げんさん、30年間も・・・・・
あの日初めて食べてから、私のソウルフードと言えばげんのらーめん
死ぬ前に食べたいらーめんは、げんのらーめん
いろんならーめんを食べたけど、
流行のラーメン屋ではないけど、有名ではないけど
いつでもげんのらーめんと比べてしまう
大好きならーめん。
今までご馳走様でした。
本当に美味しかった。あの1杯に救われ今日まで来ました
げんさんありがとう。お疲れ様でした。
そして最後に見つけました。お写真拝借です。
笑ってる??奇跡の笑顔
これ見て声を上げて泣いてしまいました
げんさん!!
すっかり年取って優しい表情になられたんですね(号泣)

あなたが大好きでした。
あなたのラーメンも大好きでした。
目の前に居たら抱きつきたい!!
いつの間にか父とあなたを重ねていたのでしょうか?
この思いをご本人に伝えたかったです。
たかがらーめんですが、私にとってはかけがえのない証!
涙が止まらない・・・・・・・。
今回の貼り紙も、おにぎり屋同様、私にはキツイデス
ちょっと立ち直れなかった・・・・・
読んで下さってあありがとうございます
次回は最後、喫茶パーラー編で終結です。
私の大好きな街がとうとう・・
この曲が、余計に胸をえぐる・・・














