想うところあり、私、個人的な、思い出話です

いつも長いのに・・さらに長いので、
興味のない方、お時間の無い方はスルーでお願いします
完全自己満です。

私は、自分の原点の街として、練馬区江古田という街が大好きだ

18で実家を出て、就職の為に会社の寮へ・・
埼玉の鶴瀬というところだった

正直、東京へ行くきっかけの為だけに選んだ仕事・・・浅はか・・
住むのが埼玉では意味がなかった(今はそう思わない、当時はバカ)
だからお金貯めて、さっさと仕事辞めて、
初めて一人暮らしした東京
それが、西武池袋線の江古田だった。

小さな駅だが、学生の街と言う事で、住みやすかった

東京は知り合いもいないし、
今みたいにネットで簡単に人と繋がれないし、
おっかない所で、人々は冷たいものなんだと決めつけていた。

仕事もしてたけど、バンドやってたりなので、
お金は全然なかった
バイトも掛け持ちし、それでも東京には負けたくないと
田舎者の意地みたいなものが先立った
もろ、田舎者丸出し・・・・

でも、住めば都で、冷たいどころか温かい人がいっぱいの街だった。
駅から近い所に住んでいたので、ココにはよくお世話になった

古くからやっている、おにぎり専門店だ。
20年前・・・
当時すでに年取ってたご夫婦が切り盛りしてたお店。
この街に住んでいたなら誰でもが知ってるし
お世話になったのでは?
ジイジとばあばが、たった2人で24時間365日
営業しているという幻の店。



どんなに夜遅く、終電で帰って来ても
此処だけは灯りがともってる。ほっとする
朝も早くから、絶対開いてる

売ってるおにぎりも手作りで、優しい味がした。

種類も沢山あった
でもやっぱり作ってる人の愛情が、半端無い・・・

今の人って、人が握ったおにぎり食べれないんだってね。
じゃ…寿司も喰うな!!って思うけど・・
だから時代と共に、コンビニおにぎりが増えて
朝の行列も無くなった・・・


この小さな窓から、じいじか、ばあばが顔を出す
何度その顔に救われた事か…



そして時代が変わり、区画整理と、二人の体力が持たないのか?
閉まる事の無かったシャッターが・・・
何年か前に下りてしまった事を知った

正直、この閉店は泣きたくなってしまった。
いや、泣いてしまった。





人のぬくもりのある、おにぎり。



コンビニなんかより、数倍も美味しかった


ジイジの書いたあいさつ文が貼ってある


24時間365日営業・・・・二人で40年も続けたんだね

そのうち私も、お世話りなった年数が・・・・
本当に美味しかったし、ほっとさせられて
やさぐれ感いっぱいだったあの頃・・・・
店やってるの当たり前だと思ってて、ありがとうと言えなかった
でもばあばは、お帰りも行ってらっしゃいも言ってくれた(泣)

このあいさつ文の数日後・・・・・・



なんと、私と同じように、このおにぎりにお世話になった多くの方々が
寄せ書きの様に、コメントしているではないですか
隙間なく埋め尽くされる、二人へのメッセージ!!

じいじとばあばがやってきた40年と言う時間は
本当に人々の心の中に残ったんですね。
本当にここまで続ける事って大変だと思うし
実際二人が喧嘩してるとこにも遭遇したし、(笑)
でも、本当に安心感があった。
どこにもない、優しさがそこにはあったんです。

数日後・・・・この場所は更地になったようです。
皆さんの寄せ書き、二人は読んだかな?
宝物ですよね…こんなに愛されてたんだもの。
お二人がやって来た事は、きっとみんな、一生忘れない事でしょう


私は、この左側の道、真っ直ぐ歩いて、
すぐ、右に曲がったとこに住んでました



ほんとだ・・・・赤い看板のビルだけすっぽり抜けてる(泣)


毎日見てた風景が・・・今はもう・・・無いのか…
淋しいなぁ…

じいじ、ばあば、40年間お疲れ様でした。
そしてありがとう、大変お世話になりました。
本当はご本人達に伝えたかった
大好きでした。。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。号泣


でもね、まだ続きますよ…
ショックな事ばかり続いて、昨日はずっと泣いてました
ごめんなさい、続きます・・・・・

明日も書かせてください。次はらーめん編。

この曲があの頃と重なり胸をえぐります(泣)