昨日訪れた
長崎
永井博士の竟の住まい
「如己堂」について
偶然
今日
日経新聞文化欄に
俳人の宇多喜代子さんが
「縁側の行方」という記述の中で触れられていました。
(以下引用)
永井隆の『この子を残して』の終章に 焼野原(やけのはら)の彼方(かなた)の
ほのかに黄をおびてきた麦畑を見ながら「間もなく麦刈りが始まるであろう」と
書かれたくだりを知れば ここにも「病床六尺」から外部に広がる世界があったのだ
と、ほんの少し心がなごむ。
(引用ここまで)
確かに
濡れ縁からすぐ
博士の病床、
わずか二畳の空間が続くだけなのですが
書かれているように
外の世界との
つながり
やりとり
息遣いのようなものが感じられ
狭いとか おしこめられたようなとか
は思わず
むしろ明るく開放的にすら思えました。
昔は私の実家
ご近所にもあった
縁側
時には
人が
時には
トンボや蝶が
訪ねて来て
ひと時をすごした
あの外か内か
ハッキリしない微妙な空間
今どうなっているのか
これからどうなるのか
私も大変気になります。
ではまた明日
ごきげんよう!
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