人を信じる | てんやわんやのブログ

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3児のシングル母です
備忘録だったり、今の事だったり、子供たちの成長と自分のことをぬらっと書いてます(´・ω・`)

めっちゃ苦手ですww


元々グレーゾーンというか
妥協とかおおよそとかいう

はっきりしない部分に
お猪口ほどの容量しか持っていないらしく

不明瞭なことが嫌いですw
何においても




それでも10代のころよりは
寛大になったと言われます(笑)





人を信じる
って知り合ってからのプロセスの中で
自然と出来上がる信頼感だと思うのですが

例えば、思いもよらない出来事で

……そうだなぁ
以前ブログに載せたような
お金を借りて返さないとか
恋愛とか男女間で言ったら
浮気とか?
漫才コンビの給料の配分とか?(笑)




何かしらあって
あぁ…もう信用できないなって


なりますよね(。・_・。)ノ

当然私は関係を解消する100%
なんですけど(笑)

そうじゃない人もいるじゃないですか



それって思考的にどうなってるのかなぁと

許すにしても
それは過去を一旦クリアにして
1から積み上げる
みたいな感じになるわけで


でもそんな都合よくできてるもんかねぇ




感情が追い付かない



感情に振り回されると
人は鬼にもなれるわけで

振り回されるのがやだから
排除してしまおう

と私は考えるわけで



許容量がまぁほぼない(笑)

ただ、信用しないってなるまでの
容量は結構あると思う(笑)


それは
信用するまでに
すごく時間がかかるから



不器用なんですヽ(´ー`)ノ



そいで本題(笑)

10年弱付き合いのある友人
あることがきっかけで
去年1度友人を辞めました
ただ、私はその友人が好きで
(レズとか違うよ?)
たまにふと思い出します

大概は心配をしてる気持ちで
「あること」に関して
怒りとかはないので許せている
と思う


だけど
友人関係を復活したとして
また同じことするんじゃないか
とか
納得できない部分から
また感情が沸くのではないか
とか
思うと歩み寄れません


その友人からは
たまにメールが来るのですが
何回かに1度返すくらい




許すか許さないかは
自分の心が決めるように

信じるか信じないかは
自分が決めること


だとしたら

私は信じていたいんだと思う




だけど怖い