日曜日のばんえい帯広競馬ではばんえい競馬の伝統重賞の岩見沢記念が行われます。
なにゆえ初めて「競馬」というものを見たのが岩見沢でのばんえい競馬の自分。そして地元のタイトルのついた重賞があるわけで熱も倍入る日ではあります。
岩見沢のばんえい競馬に行ったのは高校一年生の夏。中央競馬でいえばヘヴンリーロマンスが札幌記念を勝った日、そしてその前の週だったと思います。2回行きました。写真もいくつか撮りましたが当時のガラケーで転送もしてませんのでもうわからないです。
初めて行ったときはお盆開催なので当時不況と言われていたばんえいもお客さん結構いるなぁ〜と思いました。入口で競馬ブックを買って一個レースだけ見ましたが大きいなぁ〜、凄いなぁ〜と思って競馬場を後にしました。
そして次の週、札幌記念を思い出していただければわかりますが結構強い雨でした。父親が行こうということで岩見沢競馬場へ。雨の分エキサイトゾーンでは見れないもののスタンドで見た記憶があります。新聞は当時の馬社です。当時は馬社在籍の木本さんが「久しぶりの雨で穴党は張り切りたいところ」ってかこみにあったのが忘れられません。
途中競馬場をうろついていると賑やかな複数人が入場してきます。見るとUHBの深夜番組のロケで雨上がり決死隊の蛍ちゃんがやってきました! 締切ギリギリでやってきて馬券を買ってワーワーしながらレースを見ていました。番組を見るとチラチラ映る自分も映っていました。今の地デジならくっきりだったでしょう。そのあと蛍ちゃんたちは特別室でのロケだったようです。
まぁ蛍ちゃんの北海道移住計画っていう番組だったと思いますがその番組は改編期とは全く違う段階で消滅しました。
当時強かったスーパーペガサス、アンローズ、サダエリコ、ヒカルセンプー等は生で見られなかったのは今思えばって感じではあります。
そして直後にばんえい競馬は存廃に揺れに揺れます。完全消滅が目に見えた時に帯広はなんとか手を挙げて、個人的に印象で覚えているのは岩見沢は帯広より開催続行に明るいと思っていました。帯広、岩見沢でやればまだお客さんは入ると思っていました。服部調教師が岩見沢市役所に行って嘆願書を渡し、頭を下げた姿も忘れられません。
しかし、、「断腸の思いではありますが……」との岩見沢の撤退発言。
当時の渡辺市長が発言したこともあり怒りも悔しさもこみ上げました。
しかし本当に最近になって当時ばんえい撤退は渡辺市長は望んでいなかった。むしろまわりが反対が多く、せざるを得なかった。
ような話も聞きました。どちらにしても詳細は知らないのでなんとも言えませんが、もし踏ん張っていたらどうだったか。
今の地方競馬バブルがあるからそう見えるだけだと思いますがそのバブルに来る5年くらい我慢できたかって話ですもんね。
仮に存続から5年持ってバブルに突入しても借金があるし、改修も絶対必要だしとなると帯広単場のほうが良かったかも…と思うこともあります。見たかったですけどね。
ばんえい十勝に変わってから数年は馬券も買える年齢ではないし、ネット投票もできないので普通にときが過ぎていきました。
4場ラストイヤーかその前かHTBの深夜にばんドルバンバン!ってやってたんですよ。ばんえいの展望番組。そこではるな愛を初めて見たんだから。ブレイクする相当前ね。イエローキャブの野田社長が応援してくれたこともあったけど時代が悪かった。
まぁ長々とそんなこんなで馬券をネットで買うようになって、場外馬券場でも買ったりしていました。とりわけ岩見沢場外で買うことが多いですが岩見沢場外のオールドばんえいファンは本当に北海道の場外ではトップクラスのばんえい熱があると思います。もちろん当時から生で見ていた人もたくさんでしょう。その熱はまたいつか伝えたいと想います。
ばんえいも危機を乗り越えて今ではスタジオからMC2人もつけて番組やったり、JRA騎手がずっとイベントやってくれたり、全く時代が変わりました。
そして、自分自身初めて今年帯広競馬場に行ってばんえい競馬を約15年ぶりに生でみました。
スタンドは岩見沢のほうが大きいなと思った印象です。しかしなにか感動的にこみ上げてくるものもありました。



