ここまで、このブログで、さまざまなターニングポイントについて書いてきています。
人それぞれの人生には、いろいろなターニングポイント(転換点)があり、そのときをどんなふうに受け止め、どんな行動をするのかが人生を変化させることになります。
それは、日々の生活の中に刻々現れてくるものでもあり、それを敏感にキャッチする感性も必要です。
人との出会いもそうです。
また、何気ない出来事もそうでしょう。
それが、幸せへのターニングポイントになるのかどうか。そこには、そのような意識があってこそのことだと思います。
「常に、人は、幸せへのターニングポイントの中で生きている」という意識。
それが、必要ということです。
たとえば、病気もそうでしょうし、子供や夫婦の問題も、嫁姑のことだって、経営不振やリストラもそうでしょう。
「このことが、きっと、よいことになる」と思って、すべてのことをそのためのターニングポイントと受け止めていくという生き方です。
Nさんは、十数年前、若くして突然、ご主人を失いました。
そのとき、PLのある先生から「このことがきっとようことになると受け止めて生きていくように」と教えられました。
まだ、小さい子供たちを抱えて、働くことからはじまりました。
最初は、ご縁があり、花屋さんが働きました。
あるとき、子供たちが遊ぶ施設に花を届けたとき、学生時代の夢を思い出したそうです。それは、保育士になるという夢。そのために、資格も取っていました。しかし、採用試験に受かることなど現役でもなかなか難しい時代、しかも、30代の経験のない主婦にとっては、夢のまた夢でした。
しかし、そう思ったということは、私の生きる道は、この方向かもしれないと思いました。
そんなことを周りの人に話していたことが、思わぬ展開になりました。
あるとき、「広報に、保育園で保育士の臨時採用試験があると載っている!!」というのです。
「駄目で元々」、受けてみることにいたしました。
すると、どういうことか、採用されてしまいました。
それが、十年位前のこと。保育士として経済的にも安定し、子供たちを育てることが出来たのも、この展開が大きかったと言います。
保育所で働くようになってしばらくして、同僚からダンスパーティーに誘われました。
せっかく誘ってくれたのだからと行ってみました。
そのとき、また、あることを思い出したそうです。
それは、生前のご主人との会話です。
「もう少し歳をとって、落ち着いたら、夫婦でダンスを習おう。その頃になれば、君と一緒ならできると思う」
そういえば、ダンスは、主人の夢だったなぁということ。
それが、社交ダンスを習い始めるきっかけとなりました。
それが、一昔前のこと。
今では、指導者としての資格を取って、ダンス教室を発足させて、子供たちや地域の人たちに教えています。
息子さんに対しては、「男らしい子に育てたい」と言っていたご主人。
しばらく前、好きな人ができて、一人で先方の家に行き、結婚のお許しもいただき、結婚しました。
「今考えてみると、主人が亡くなったとき、突然すぎて、茫然自失の状態でした。しかし、あのとき、『このことがきっとよいことになる』と教えられ、この言葉を常に胸に持って生きてきました。主人が亡くなったことは、悲しいことでしたが、まさか、こんな人生になるなんて、夢のようです」とNさんは、語ります。
理屈や常識でいえば、ご主人が亡くなられたことがよいことになるとは、失礼なことですし、受け止めがたいことだったと思います。
しかし、Nさんは、この言葉を理屈ではなく、心で受け止めることができたわけです。いや、できたというよりは、そう受け止めていこうと、したわけです。
そこには、世間の常識にとらわれない、PLの教えや信仰が支えとなったと言います。
これが、今考えると、Nさんのターニングポイントになりました。
その後もさまざまなターニングポイントに「きっとよいことになる」という心境で、積極的に、前向きに臨みました。
いくら、悲しいからと言って、嘆いているだけでは、今日の日は、なかったと思います。
人の人生を見守り続けつつ、幸せの方向に進んでいける心境に導いている我々の立場から言えば、世間常識を超えるということは、簡単なことではありません。そのためには、まず、サポーターとしての私の心境向上が必要不可欠になります。これからも、自身の心境向上に取り組みつつ、幸せへとつながる心の世界を伝えていきたいと思います。
一人でも多くの人の人生が幸せで有意義なものになってほしい、そして、それが、結果として、より世界の平和につながれば。
お読みくださることに感謝の気持ちを持ちつつ、そんな思いを持って、これからもこのブログを更新していきたいと思います。(尚、執筆・公開につきましては、ご本人の了解をいただいているものに限定いたしております)