kさんというおばあちゃんのお話です。
kさんは、息子さん、娘さんがおられますが、家を出て独立されています。息子さんは、ご自身が商売で作った借金を返そうと一生懸命ですし、娘さんも女で一つで息子さんを育てておられます。
kさんという人のお人柄は、まじめ、実直、まさに、善良そのものという人でした。
ですから、お子さんたちも辛いことがあってもそのことから逃避するのではなく、前を向いて頑張っておられます。そんな姿をみて、あの親にしてこの子ありだなと思っていました。
あるとき、そんなkさんが、相談に来られました。
少し悲しいお顔をされておられました。
「息子や娘は、頑張っているようだけれども、どうして、幸が薄いのでしょうか? 今のままでは、心配で死んでも死にきれない」という内容でした。
息子さんの商売の失敗、そして、娘さんの離婚、それは、それなりにいろいろな要素があってのことだったと思いますが、その原因を探していくことになりました。
最初に気になったりは、この思い方でした。
それは、暑い暑い夏の年のことでした。
娘さんがkさんの家にクーラーがないので、つけてくれるということになりました。
ところが、「私は、年寄りで先がないのだからそんなものはいらない」「家も古いのだからいまさら付けても」そんなことを言って断ったといいます。
その奥には、「娘のところも女手一つで苦しい中頑張っているのだから」とい思いかあったのかもしれませんが、この思い方が気になりました。
確かに一理あるかもしれません。しかし、自分の思いを優先させてしまうという生き方は、結果として人の思いを粗末にすることになっています。
人の思いを粗末にするということは、自分の思いも粗末にされるということにもつながります。まさに、悪循環がはじまってしまいます。
頑張っているわりに結果に結びつかない人生を送っておられる人の原因の一つになっていることが多いものです。
また、こんなこともありました。
娘さんが、服を送ってきました。しかし、自分が着るには派手と思い着ませんでした。そして、「着るものを送ってくれるよりお金を送ってくれたほうがいいのに」と不足を思ったそうです。
まったく、娘さんの心情を感じようとしていないところが問題と思いました。
娘さんは、いくらお金がないにしても一人暮らしの母親がみすぼらしい格好でいてほしくないという思いもあったでしょうし、お金を送ったのでは服は買わないと思って、現物を送ったのだと思います。少し派手なものを送ったのも、明るく過ごしてほしいという気持ちが籠もっているように感じます。
自分の思いに生きるのか、人の思いを大切にして生きるのか、そこに分岐点があると思います。
商売も、自分の儲けを考えてするのか、お客さんの利益を考えてするのかではまったく違うものに展開してきます。
kさんは、だんだんご自身の間違いに気づき始められました。
そして、一年くらいしたとき、息子さんが「お母さん、たまには、家に遊びにおいで」と誘われました。今までのkさんだったら、間違いなく、断っていたと思います。しかし、そのときは、「せっかく、いってくれるんだから、行かせてもらうわ」と言って出かけられました。
kさんが息子さんの家で楽しく過ごしたということを聞き、まさに、ターニングポイントがやってきたなぁとうれしい気持ちでお話をお聞きしていました。