みたいなことを
レッスン中にお話しました。
みんなが一生懸命取り組んで
考えたり
感じたりしたことは
意見としていくらでも聞きたい。
むしろ、喜んでそういうの聞きたい。
でも。
やってみてもないのに
全力で取り組んでもないのに
ネガティブなことを言うのは
ただの文句だと思う。
相手に対しても失礼だし
周りのみんなに対しても失礼だし
何より、自分に対して失礼だと思う。
やってもないのにできない、と
期待されていない自分。
全力でやることにチャレンジする機会を与えられない自分。
自分で「自分はできない」って決めつけて
チャレンジをやめることほど
自分に対して失礼なことってないと思う。
「できない」と言うのに練習もしない意味がわからない。笑。
練習してもできないなら
いくらでもできるようになる方法を教えてあげられる。
だってそれが私たちの一つの役割だから。
「やりたくない」というのと
「できない」というのを履き違えてはいけないと思うの。
そしてもし「やりたくない」のであればそう言うべき。
せっかくのチャンスを
誰かに譲ることになるとしても。
自分の成長の機会を逃すことになるとしても。
それらを考えて
それでも「やりたくない」のであれば。
でも、みんなに理解して欲しいのは
「やりたくない」と思うことを「やりきる」ことで
見える世界があるということ。
本人にとって「やりたくない」ことは
階段をあがるための「必要なこと」の場合が多い。
やってみて、その世界を見て
それでも何か違ったな、と思えば
次からはそれを自分の「意見」として言えばいいと思う。
やってみた人の言葉は
やる前の人の言葉とはびっくりするくらい違うから。
と、限られた時間の中で
こんなに丁寧には話してないんだけど。笑。
やる前に文句言うことほどダサいことってないと思うんだよね。
やりきったのにできなかった人は、カッコ悪くなんてないんだから。
むしろ
やりきらずになんとなくデキテル風の人なんかより
やりきってできなかった人のほうが断然カッコいいと思う。
人にはいろいろな価値観がある。
それでも、いつもD-noteの活動を考える時
私たちが大切にしてることって
こんなことだったりするんです。
自分で限界を決めたらそれ以上は動けないから。
ダンスと同じように
ダンス以外の面でも
限界を決めずにどんどん体当たりして欲しい。
そういう姿勢を何よりもカッコいいって思うから。
いっぱい体験して
いっぱい失敗もして
いっぱい考えて
しっかり意見が言える人になりたいね。
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