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everyday、ひとりごと

毎日、思ったこと感じたことを思うがまま…デス

先日、年長の友人の旅立ちを送った。病と向き合って約2年。その間、ドクターと自身の病状を話し合いながら、自分がやりたいこと、できることを一生懸命形にしておられた。

最後の入院時にも電話で話した。最初からずっと病状について聞いていたので、むしろ「どうしてもやりたいことをやって来たよ」という言葉によかったと思った。

ご家族からは亡くなったこと、今までありがとうございましたとのLINEをいただいて、お互いに支え合えてよかったですと返信させていただいた。

旅立ちの日。祭壇はビンクの花々に包まれていた。真ん中にある彼女の写真は素敵だった。

春らしいパステルカラーのジャケットを羽織り、笑顔が輝いていた。

それまでは彼女を笑顔で送ろうと決意していたのだが…彼女の笑顔を見て涙腺崩壊。

反則やん。あまりに笑顔が素敵過ぎる。

あなたの笑顔で気づいた。
支えられていたのは、私。

時間が過ぎると共に途方に暮れている。




ネットニュースの見出しで見つけた記事。

大阪南港の近くにあるとあるカフェの敷地内にあるストリートピアノについて。何度かつかえながら弾いた方がいたらしく、それに対して苦情があったとか。それに関して店側がSNSで「練習なら家でやって下さい」、「その音は苦音」といった発信をして議論を呼んでいるという話題だった。


当該施設には行ったこともないので、ピアノがどんな風に置かれているかはわからない。


私がこの記事を読んで思ったのは、ストリートピアノって何?という疑問。初めてストリートピアノに関する報道を見た時には、街角に置いてあって誰が触ってもよいものという印象を受けた。素敵じゃないかと思ったし、自分も触ってみたいと思った。


ところが、ストリートピアノ(番組によっては街角ピアノと呼んでいる)を扱ったテレビ番組を幾つか見たら、演奏している人は皆暗譜ですらすらと流れるように音を出す。そこに自分の世界を作っている。私が思っていたのとは大違いだった。


考えてみれば、街角でたどたどしく弾いていたら邪魔になるのかなと。でも、苦音と言われるのは悲しいと思う。


現在の私はストリートピアノにチャレンジできるレベルではない。まず暗譜ができないし、人様に聴いていただくような気持ちで弾けない。音符を追いかけるので精一杯。あこがれは続くけど、道険し。


問題のストリートピアノ騒動はどうなるのだろう。個人的な意見。カフェの敷地内にピアノがあるなら、条件付きで開放。例えば、アマチュアの方に時間を決めて数曲レパートリーを弾いてもらうとか。それが無理なら撤去した方がいいと思う。

高額療養費制度の負担上限額の引き上げがどうなるのか。

国にお金が本当にないのか。正直な所わからない。

ただ、自分の経験でいえば、この制度がなければ治療の継続ができたかどうか。


例えば乳がん手術後の放射線治療。1週間に5日。それが5週続いた。毎日、諭吉さんが普通に飛んで行く。


こんなことが続けば、うちの家計はどうなるのか。破産とは言わないが、かなり大変なことになる。治療を受けていても落ち着かなかったが、一定額に到達してからは制度によって助けられた。


そもそも、病気になった時点で「私何か悪いことしたんかな」と思った。治療にお金がかかることに心苦しさをずっと覚えていた。


いろいろな所にお金が必要なんだね。


でも、治療をあきらめてしまう人が少なからず現れるかもしれないことがわかっていて、上げてしまうのか。せめてもう少し丁寧な説明をしてほしいし、これ以外に医療費削減の手立てはないのか教えてほしい。


追記 先程のニュースで引き上げを見送る方向だと報じられた。ありがたいことだが、予算案が国会を通過したらまた引き上げを目論むのではないかと危ぶんでいる。