昨日、同僚が、トップの人に褒められているのを目のあたりにした
一瞬、ぐわっと、嫉妬のようなものが出た
私だって、あれとこれとそれをやれば褒められる
そう思った。
でも、その思考に気づく。
違う違う。違う違う。
私は、すぐに行くんだ。
褒められようと。
外側に。
褒められたら気分がいいから。
褒められると鼻が高いから。
褒められると、優越感にひたられるから。
でも違う。
褒められた先に、あるのは、今までと同じ世界。
誰かを喜ばすために、ピエロになり、
自分の意思とは真反対に動き出し、それすらも気づかない。
そんな生き方になる。
私は褒められたい訳じゃない。
褒められたいのは、私のエゴだ。
真実の私は、
真実の私を生きること。
だから思ってもいないものを、褒められるように寄せて
動くのは違う。
それは自分にウソをつくことになる。
自分にウソはつくな。
周りの状況にまきこまれるな。
その臨場感に飲み込まれるな。
自分をたもて。
真実の自分をたもて。
あなたが生きたいのは、
偽の自分じゃない。
本当の自分に回帰すること。
そこにしか、安らぎはない。
そしてそこに、すべて私が求めてきたものがある。
安らぎと満たされた感覚と幸せが・・・
ゼランドのトランサーフィンの振り子の法則を思い出す。
全員が向かうエネルギーに引っ張られる。
でも振り子は、見えない形で支配をしてくる。
共通の概念での善し悪しを見せ、エネルギーを知らない間に吸い取る。
そう、私は、振り子に触れたんだ。
大きなピラミッド型のエネルギーの支配を受け
こうやればよし
これは良く無い
そんな概念をうえつけられ
そこに翻弄される
産まれたばかりのころから
親のそれにならったように
大人になっても
それをならう
違う違う
思い出せ
組織のトップがえらいんじゃない
組織のトップに褒められようとするな
組織のおもわくどおりにはまっていこうとするな
たとえ組織に所属していても
私の魂は、同等だ
組織のトップと同等で平等だ
なのになぜ、
褒められる必要がある。
たくさんの注目がほしいから?
だったら、まず
自分が自分に注目し、ほめろよ。
真実を忘れるな