スポーツを語ろう-ZE!! -23ページ目

たまにはつけめんでも…♪

『ボク、イケメン!!🙋』

などと抜かしてた芸人が何年か前いたけどねぇ…
(そー言えばそのときその芸人…つけめんを引き合いに出すなど、僕の知り合いの誰かさんでも言いそうなネタを振っていたんだったな…笑)

だからと言うわけでもないんだけど…本日用事で訪れた横浜市青葉区は東急田園都市線・横浜市営地下鉄ブルーラインのあざみ野駅付近(というか、正確にはガード下)のつけめん専門店でつけめんを食べました🍜🍥



実際のところ…普段でもラーメン激戦地区に住んでいるボク、当初は最寄り駅まで帰ってからいつも通り家系ラーメンでも食べようか…と思っていました。しかしながら「そー言えば…つけめんってあまり食べたことないんだよな…たまにはいいか。ここ専門店だしな…」ということで来店決定♪
特盛まで同じ価格、それに加えて実は昼飯を食べ損ねていたこともあり特盛を選びました。

期待にたがわぬ味。たまにはいいものです!!
そして満腹…
よく食ったぁ~😚😚😚

ごちそうさまでした!!

Rocky


斎藤佑樹の引退から改めて浮き彫りにしたいのが『酷使の激減』と『登板後のリカバリー』の必要性

日本ハム・斎藤佑樹が今シーズン限りで現役引退「最高の仲間とプレーすることができて幸せでした」

 


もう改めて通知するまでもないと思うが、「佑ちゃん」こと日本ハム・斎藤佑樹の引退が報じられている。あれだけのフィーバーを起こした人物だけに、当然記事のコメント欄などたくさんの言葉が寄せられている。

しかし、そうした言葉のなかでも目についたのが「大学いかずに高校から即プロへ行っていた方がよかったのでは」との声。またその一方では所属していた早稲田に限らず「大学球界の指導が悪いのではないか」との言葉も多数あった。当時の應武監督に対する批判も見られた。しかしいずれもその真相については多くは語られていないようだ。そうである以上そうした言葉ばかりが全てとも限らない。いや、真相とも限らない。そもそもそうした言葉を発している本人たちでさえ、少なくともその中の大半の人々にはそんなことなどある程度わかっているはずである。それでもそんなことが口をついて出るのは、その言葉の裏に華々しい高校時代の活躍から楽しみにしていたファンの残念な感情が大いにこもっていたから、ということだろう。斎藤の失速の原因が肩や股関節の故障にあるのは間違いなかろうが、残念な思いが強すぎるあまりどこかに責任転嫁しなければいられないのではないか。実際私にも少しばかりそういう感情を持っているから見当もつくのだが、ここで一度結論を挙げておくと、斎藤のようなケースは枚挙に暇がないのであるけれども…結局のところキーワードとなるのはやはり『酷使』だ。
あと、使うだけ使ったら、「リカバリー」するスペースも要求されなければならない。大学での指導云々については私自身には正直もう少し検証材料がほしいところだが、少なくともこの点だけは絶対にはっきりしていると思う。
そしてそこを変えない限り、今後も斎藤のような悲哀は避けられないのではないかと思うのである。これがメインとしての結論だ。

今、特に「ピッチャーの酷使」が野球界のどのジャンルにおいてもクローズアップされている。なにも大学野球だけではない。高校野球でも球数制限の問題などが囁かれ始めたが、実は少年野球の段階から監督の勝利至上主義的発想や、あと一部では保護者とチームの関係などの影響などの話も出ているが、少なくとも体を作らなければならない段階のはずの少年野球での登板過多や変化球の多投がプレイヤーの心身両面に大きな負担を与えた挙げ句、取り返しのつかない故障や発育の妨げといった悪影響を及ぼすという話をよく聞く。
だから、特にピッチャーだが、過度の起用や登板をすることがないよう試合日程に制限を設ける、そして特に学生野球ではある程度プレーしたら故障や疲労をはじめとするフィジカルチェックができるような余裕を可能な限り考える。
斎藤に限らず、例えば4年時の神宮大会などで決勝に行った頃には疲労がありありだった、というケースも多々見かけた。
だから斎藤ばかりの問題ではない。
疲労だけしかダメージがなくてもその疲労からフォームが崩れたり故障を誘発したりといったことも起こる。
だから今後は「酷使の回避とリカバリー」をセットで考える必要性を大いに感じるのである。

さらに斎藤に限って言えば斎藤の早稲田進学と同時に日本テレビが大学サイドと関係ができたとかでそうしたことからそれに合わせた斎藤の登板スケジュールを組まざるを得ず、その結果下級生時代に酷使をしたことで燃え尽きてしまった、などといった話もあったがそうだとすればこれなど論外である。
文字通り「自分達が甘い汁を吸うことしか考えないようなエゴマニアの大人の犠牲になってしまった」ということなのだから。
(私はこういうのを無駄な寿命ばかり食い散らかして真の大人になり損ねた『老いぼれたクソガキ』と呼んでいる)

私自身はその頃そんなに大学野球を見ていたわけではないが、4年になった斎藤を見たとき「これは厳しいのではないか」と一目でわかった。
高校の段階で「斎藤は手投げだから今のままでは通用しない」とみた元プロ関係者がいたらしい。
その人の選手を見る眼力が確かなのはある程度確信していたことも含め、そこまで見ていなかった私などはその話を聞いて「さすが!」と思ったものだ。ただ、高校のときは上半身をリードする下半身の動きはやはり理想的で軸足となる右足に乗せたウエートがしっかりと前足となる左足に移行し、ボールにパワーを与えていたのが見てとれた。

この写真はみなさんも何度も御覧になられたであろう決勝戦の最後で田中将大を三振にとった「ベストボール」とも言える一枚だが、左足にしっかりと重心が乗り移り、ボールに命を吹き込んでいるのがわかるだろう。
それが、大学4年のプロ入り前に見たときは下半身が突っ立っていた…のみならずパワーが全て左足に集まった上写真の高校時代と違い、ウエートが後ろに残っていた…


適度な写真がこれしかなかったのだが…これだと左膝が突っ張っている。だから左足に力が乗りきらない。だから全体的にボールの威力が半減したのだろう。「重心が後ろに残る」という言い方もわかりづらいと思うが…この写真なら何となくイメージがつかめるのではないか。
「これではまずい。直さなければプロで通用しないかもしれない」と直感したものである。
そして肩も壊して現在に至るわけだが…それが股関節の故障、と聞いて「簡単に治らないわけだ」と思った。故障の原因についてはあまり報道されてないようだが、それが疲労からくるというのならますます「酷使」そして登板後の「リカバリーの期間」についてはより一層考えねばなるまい…

今の家庭は考えてることが合理的だ。
いつまでも昔の理屈など通用しないし、リスクが多いようなジャンルは避けかねない。「野球離れ」が言われて久しいが、負担はでかい、(未だに坊主など)体質が古い、というのでは野球を避けてサッカーなどの他のスポーツに走る…
親はそんなスポーツなどやらせたくないし(実際プロ野球選手でさえ「子供には野球をやらせたくない」と言いきる者でさえ多々いる)、子供たちだって別のスポーツを選んでしまう。
これでは野球を避ける傾向に対する拍車は避けられまい。
もちろんこうしたことばかりが原因でもあるまいが、少なくとも斎藤の引退についていろいろ言われていることを拾って考えてみると、心身ともに「負担のかけすぎ」。
そしてそのひとつとして自分の考えているテーマが『酷使を激減させること』『使ったら回復期間を必ず重視すること』

まず、どの協会であれ野球の運営に携わる人々一人一人がそこを徹底させないことには今後もこうした悲劇は繰り返されかねなくなるはずだ。

Rocky

幸せや喜びは本来自ら勝ち取りに行くもの。最終的に自分を守るのは自分自身だ、ということを忘れるな!



この写真は9月21日深夜、私自身が撮影したものです。
いわゆる「中秋の名月」というやつですかね…

この写真そのものについては特別な特徴はないでしょう。性能のいいカメラとかであればあるほど簡単に撮れるのですから。
しかし、写真を撮ることは好きでも正直ハイレベルな機材を揃えてまで撮影することまでにはこだわっていないので、特にここ数年ではスマホ以外をつかって撮影したことはありません。事の詳細は後述しますが、「今回もまたボヤけた感じの写真になるんだろうな…」と思ってまして…
それが最近機種変更したとはいえ、まさか自分がこんなにくっきりした月の写真を自分の手で撮って自分のものにできるとは夢にも思わなかった…
それが凄く嬉しかった…

今回、僕自身が述べたいのは…この写真を撮ることに踏み切ったその経緯が絡んでいます。いや、その経緯自体も特別変わった事情とかはないでしょうね…少なくとも聞く人が聞けば…
ではまず、その経緯から…

この数日間…僕自身にとってはよくもなし、悪くもなしといった日が続きました。
そのせいか…なんとなく気持ちも晴れませんでした。
外を見ても…このところようやく晴れた日も増えてきましたがそれまでは雨や曇りばかり…この中秋の名月と言われるこの日も結構雲はかかっている…「そもそも月なんて満足に観測することすらできるのかよ…」

それでも…「せっかくのチャンスなんだから、いつもみたいにパッとしない写真しか撮れないだろうけど、大事なのは『その中秋の名月を見た』という経験・痕跡なんだからそれだけでも残そうよ。それでいいじゃないか」ということで買い出しに出たついでに撮影をしよう、と。
ところが、その買い出しをした後で撮影を忘れたまま帰宅してしまった…
「あ~あ…やっぱりなにか歯車が悪いんだな…歯車は悪い、どうせ月には雲がかかってる…スマホだからいつも撮ってるような写真しか撮れないだろうし…つまんないからもう寝るか…」
しかしここで「いや、撮りに行くだけでも撮りに行こう!」
こう思ったことが結果的に僕の心の分岐点になりました。
この日の撮影もスマホでしたが、折りも折り数日前機種変更して最新型のスマホに。
それが幸いしたわけですが…好奇心でズームをMAXにして見ると…「あれ!?これ凄くね!?!??」

そして撮ったのが、この写真です。
もちろんもっといい写真があるには違いないでしょうが…過去「横着な自分には無理」とわかっていても、人がこのレベルの写真を撮ってSNSにあげてるのを見て「うらやましい。でも自分には無縁」と思っていた…
しかし、その「無縁」と思えたものが思わぬタイミングで「自分の手に」…それも「自分の手で」…

ささやかなものかもしれません。
しかし、それまでのモヤモヤだけはまるでなかったかのようにふっ飛び、充実感だけが残りました。
そう、すっきりしたのです。

ここで大事なのは…もしあのときただふてくされて寝ていたら…モヤモヤしたままだったと思うんです…なにかどこかに…心の底にわずかなやるせなさ、奥歯にものが挟まったかのような…しかし思いきって動いて、その結果予想外の、まさかの好結果が出たことで、自分の心が救われたのです。

一方で、翌日ある友人のSNSに「中秋の名月でも僕には関係ない。興味が持てない」と書いていた人がいました。
僕が今回この投稿をしようと思ったのはこれがきっかけでした。

もっとも、きっかけとしてはそうですが…今コロナ禍の長続きでいろんな人が様々なストレスを抱えています。自分の身の回りにもあからさまにその心の苦しさを吐露する人もいます。中には「死んでしまいたい」みたいなことまで口にしている人もいます。その思いはよくわかります。

しかし…そんなときこそ、「なんとか少しでも自分自身を喜ばせたい、それにはどうしたらいいか」ということを考えてみませんか?
一番いいのは、自分自身が身近なものに興味を持つこと…
「ちょっとこれ、試してみるか…どんなものだろう?」
ですから先のケースで言えば、「中秋の名月でも気が乗らない、興味が持てない」ではなくて、思いきってトライしてみる。きっかけはなんでもいいです。気分転換でもいいし…「この際騙されたと思ってどっぷりハマってみるか…」とかでもいい。もちろん中秋の名月である必要はありません、なんでもいい。
要は、こんなときこそいかに自分を楽しませるか、いかに自分を喜ばせるか、だと思うんです。それには、思いきって動いてみる、普段興味のないことでも、思いきって触れてみる…
それもできるだけ前向きに。
そしてそれはどんな小さな事でもいい。

必ずというわけでもないと思いますが…それによって思わぬ喜びが得られるチャンス、その可能性だけはあります。
それこそが自分自身の心を救うのです。心が救われれば体も救われる。そういうときこそいろんなものに興味を持ってみる。思いきって持ってみる。
そうすることで自分自身を楽しませ、心にリズムを持たせるのです。
それが結果的に、自分自身を守ることにもなるんです。
だからそれが大事なんです、こういうときこそ。

自分以外の人がどんなに親身になっても、やれることは限られています。
結局、最終的に自分自身を守れるのは、自分しかいないんです。
ですから、つまらない思いをしたくない、ストレスがたまりすぎてなにもやる気が起きない、とかであれば…そこから本当に脱出したければ、そういう思いを本当にしたくない、そんな感情から自分を守りたいと思うのなら、まず自分自身を動かしてください。
自分が動かなければ自分を守ることはできません。
それを忘れてはいませんか?特にただストレスで「いやだいやだ」とくよくよしている方々、いかがですか…?

今回の事で自分も改めてそれに気づきました。
だからこの投稿に踏み切りました。
だから、「たかが月の写真、されど月の写真」なのです。
いや、月じゃなくてもよかった。別に写真じゃなくてもよかった。ただ、たまたまタイミング的に巡ってきた「中秋の名月」を見たという経験を自分のDNAに記念として残したかっただけ。でもそれだけでこれだけの満足感が得られた…
だから大事なんです。とにかく
「まず自分が自分のために動く」

幸せや喜び…それは自分自身で勝ち取りに行くものです。
人を不当に巻き込んだりしない限り、自分を喜ばせるのは自由!そして喜びは感謝に繋がります。

この御時世ですし…ストレスの規模や内容も人によって個人差がかなりあると思います。また中には普通以上の生活がなんとかできている人からは想像できないような絶望的な毎日を送っている人もいると思います。

それでも敢えて言います。
「自分自身が大事なら、自分自身で不愉快な思いを持ち続けるのが嫌なら、まずは自分自身が動いて、いろんなものに触れてみて、自分から喜びや楽しさを勝ち取りに行け!」

すぐにはその効果もでないかもしれません。
でも、丹念にそう思い続けることで
なにかが変わる可能性は必ずあると思います。

Rocky