嗚呼、青春のUWF!!-生き続けるUの魂とその鼓動-(余談:改名第一弾の記事!?笑)
11月16日後楽園ホール…
私は5年間ほど親交のある、総合格闘技団体パンクラスのレフェリーをつとめる友人よりお誘いを頂きプロレス観戦をすることになった。当初は、彼と同じパンクラスに所属(正確にはパンクラスのプロレス部門にあたるパンクラス・ミッション所属)する鈴木みのるが出場すると聞いていたためてっきり新日本プロレスでもみるのかと思っていた。総合格闘技(以下、総合)やK-1をみたことは過去何度もあったのに対しプロレスの観戦経験はさほどない。せいぜいまぁたまにはいいだろうという気分でこのお誘いを受けた。チケットが8000円というのが正直少々引っかかったが、この価格なら後楽園だったらリングサイドかそれに準ずるくらいのナイスシートだろう。さてもしかしたら目の前での場外乱闘での迫力にでもお目にかかれるか…そのくらいの期待感で会場に臨んでいた。
もっとも、二日前に聞いたところではかつてUWFインターナショナル(以下Uインター)やリングスなどのUWF系列(以下UもしくはU系)で活躍していた金原弘光選手のデビュー20周年記念興行、ということだった。
思えばこの段階で気づくべきだったのだが、フタを開けてみれば同じプロレスでもエンターテイメント性を排除して激しく勝利を追求することを絶対的な第一価値観とするU系ならではの凄みに満ちた迫力豊かな闘いが期待されたマッチメークばかりが組まれていた。中野巽燿(たつあき)、ビリー・スコット、UインターのみならずUFCマット(オクタゴン?)をも揺るがしたダン・スバーン、高橋"人喰い"義生、今でこそプロレス界の表舞台からは身を引きながらも大好きなクワガタをイメージしたミヤマ仮面なるキャラクターで陰ながらプロレス界を盛り上げる垣原賢人、その垣原とともにかつて若手として分裂前のUを支えてきた冨宅祐輔改め冨宅飛駈(たかく)…
さらに"帝王"高山善廣、今をときめく鈴木みのる、そして金原…
三派に分裂しながらもそれぞれの団体で名勝負を繰り広げた文字通りの"猛者"達が集まっていた。それに加えて、金原がデビュー前に所属していたプロレス学校時代の同期生つながりで西村修、天山広吉、ザ・グレート・サスケ、池田大輔までが参戦。前田日明をはじめ船木誠勝や桜庭和志らの超ビッグネームこそなかったもののこれらの顔ぶれだけをみても会場のボルテージがマックスになるには十分だった。会場は試合開始前から興奮のルツボ。知らず知らず私自身もいつの間にかハイテンションになっており、イベント序盤にしてビールのペースがトップギアにおさまってしまった(苦笑)。
そしてもう一つ印象に残っていたのが、客層。
どちらかといえば、若い人よりは失礼ながら若干トシを食った顔ぶれが目立った。そう、彼らはUWFから三派分裂後のUインター、リングス、そして(初期の)パンクラスの各会場で感情をぶつけ、青春を楽しんだ男達だったのだ。リング上も客席もUでつながったいい大人達の同窓会となった。それはそれは本当に微笑ましい光景だったのである。いや、それはまた、Uの遺伝子が一つになった瞬間だったのかもしれない。時間、空間、歴史、団体間の距離…すべての垣根を超えて…
この興行、すべての試合が期待に違わぬスリリングで激しい闘いだった。本当に激しかった。本当に熱が違っていた。
何しろ、今の世の中格闘技といえば、K-1を別にすれば純エンターテイメントプロレスか殺伐とした総合格闘技の試合ばかりだ。一時は総合にもかなり期待が高まったのだが関節技などが織りなす回転体を描くかのような高度な技術がさほど技術がいるとも思えずみてくれにも野蛮さを伴うマウントパンチ(馬乗りパンチ)やパウンドなどで消されてしまってか一部のマニアックなファン以外にはすっかり影が薄くなってしまった。寝技状態での打撃技を禁止するUルールならそんな"ハイテクノロジー"が消されることもないし、何より選手寿命が無駄に著しく低下することもない。
だからそんな中UWFルールの試合が改めて新鮮に映った背景にはそうしたことも影響したとは思う。
だが、それだけではない。
何よりダウンやロープエスケープなどであらかじめ与えられた5つのロストポイントを減算していくというU以外ではみられない独特のルール。
賛否両論はあるかもしれないが、このルールのおかげでほぼリアルファイトの一面を持ちながらある種のゲーム性とそれが導き出す試合の流れの急激な変化こそがファンにとってはたまらないプレッシャーを起こすのだ。
そしてそれは時に勝敗の行方も想像困難なものにする。事実メインでは5つあるロストポイントのうちの4つをダウンとエスケープで奪われた鈴木みのるが、ダメージや展開から「ダメか」と思われながらも起死回生のギブアップで逆転勝利をおさめるのだが、こういったところがUWFスタイルのバランスのとれたところなのである。
もちろんUWFスタイルだって、創始者の前田日明が述べるように決して完璧ではない。
しかし私は久々に会場でこの興行をみて改めてUWFスタイルの試合の必要性を実感したものだった。未完成な部分は今後興行を繰り返しながら補えばいい。だが今やエンターテイメントプロレスと総合という両極端にあるスタイルの中間ともなりうるべきものが必要であり、それこそがUルールだと思う。
奇しくも第一試合を快勝した中野選手と通路でばったりあったとき、私はこの話を彼ともしたものだ。この時点で相当酒が入っていたので詳細は覚えていないが(苦笑)少なくともUのようなルールでこそ力をフルに発揮できる選手は必ずいる。だからこういうスタイルのルールには改めてスポットが当てられるべきだと。そういう話は間違いなく、したと思う。
実際プロレスはおろか総合の試合でも姿をみせない中野選手などはこの日のルールでは生き生きとしていた。彼こそまさに"Uの申し子"なのだろう。
だから、結果的に試合では敗れたものの、この日のMVPは間違いなく"金原弘光"その人である。
金原本人が自ら強い思い入れを持っていた"青春を駆け抜けたUWF"をただ自分の思い入れのまま実行したばかりでなく、Uであってこそ力を出せる選手を蘇らせたところにその功績がある。
蘇らせた…といえば、ミヤマ仮面に扮してプロレス界の一線から身を引いていた垣原賢人もこれを機に復活宣言を果たした。現実に垣原がその言葉どおり復活するかどうかには疑問があるにしても、垣原にそれだけの衝撃を与えたというだけでこの日の興行には間違いなくそれ相応の大きなパワーがあったということだろう。それほどUWFの格闘界における影響力が絶大であることを改めて証明した事実であるといえないだろうか。
高山善廣も試合中寝技状態で劣勢に追い込まれながらも、Uインターで猛威を奮った今は亡きゲーリー・オブライトの得意なジャーマンを繰り出して逆転勝利をおさめた。
あとで聞いた高山の談話によれば、スバーンがゲーリーのテーマソングで入場したことでゲーリーの得意技を思い出し、そこに活路を見いだしたという。高山からしてみたら「ゲーリーに勝たせてもらい、ゲーリーに救われた」という思いもあったのかもしれない。不思議なものでこういう興行ほど死んだ選手の記憶までが鮮烈に蘇るものである。皆さん、そこに、何を思う…
こうしたことをすべて含めて、そして選手達ばかりでなくファン一人一人にその青春を蘇らせた…金原弘光はその意味で一流のファイターであり、一流の、真のエンターテイメントである、と思う。
そして金原のように「真の愛情」といいきってもいいほどの思い入れをUWFに持っていたからこそ、自らの記念興行を本人すら満足がいくほど最高の形で締めくくることができたのである。
この金原の、これだけ強い思い入れや情熱こそが物事を理想的な方向に導くのである。これは格闘技界のみならず、スポーツ界、ひいては一般社会でも大いに起こり得ることだと思う。
そしてそれを改めて感じとれただけでも本当にいい興行がみれたと思っている。
今でも喜んでいる。本当にいいものがみれた、と。やはり本気で好きなものに純粋に取り組んでいる人はやることが桁違いだなとつくづく実感する。私がスポーツ記事で訴えたいことはこういうところにある。
(同じスポーツ界の者でもつまらないことでトラブルばかり起こしてあげくの果てには裁判ざたにまでなるようなくだらない人間にはとくと聞かせたい話である。自分とこの、新聞なら新聞の発行部数しか考えていないなどといった商売っ気ばかりが丸出しになっているような集団では人の心を掴むにも限界がある。ぜひ奴らには金原選手の心意気を見習ってほしいのだが…)
あとは、いかに…
Uの火…Uの魂という名の襷を、次代のU戦士に…背伸びせず、それでいて着実に伝えていくか…
この日の客の反応をみても、改めてUに寄りどころを求める叫びを感じた。間違いなくUは今後も求められていくだろう。だがそれはただ「かつてのUWF」のままであってはならない。ゆっくりでいい。彼らが作り出す"U-SPIRIT"として進化し、観客やファンにとって新たな力となったとき、真の存在意義を発揮できるはずだし、そうあってほしい。
