ナベツネ氏とマスコミの罪と清武氏の会見から感じた私見
巨人軍・清武代表が渡辺恒雄同球団代表(なんでこんな人が球団代表に選ばれるのか…それ自体が非常に問題であるばかりか、その事実自体が巨人という1球団よりもはや球界全体の恥部といってもいいところなのだが)を告発するということ。それでこの内紛劇、やはり様々な形で波紋や意見を巻き起こしている。
告発の具体的内容は読者様各自で調べて頂くが、告発内容に限定した上であえて問題点を指摘するならば、清武代表の意向を無視したばかりでなく清武代表から人事その他に関しての報告・要望を受理したにもかかわらず、あたかも清武代表が会長たる渡辺氏に報告もせず勝手に事を進めたという渡辺会長の言動。
この点には聞き捨てならざる部分がある。清武氏の言い分が正しいと仮定すれば…まぁ二通り考えられるだろう。言うまでもなく「渡辺会長が権力にものをいわせて清武代表の言動を自らに都合が悪いなどの理由から一方的に踏み倒した」とする考え方。そしてもう一つはおそらく85歳という年齢からくるであろう清武代表の申し出の忘却によって図らずもとってしまった行動…
確かに後者の可能性もあるが、前者だったら清武代表の立場を無視するにもほどがある。清武代表ばかりではない。渡辺氏がコーチに推す江川氏、一方で更迭を考えている岡崎氏(しかも清武代表が推していてそれを一旦受理したにもかかわらず形としては後日撤回したような感じにも見受けられる)…
そして前者後者いずれの場合であってもいえること、それは相手が下の人間であれ誰であれこんないい加減な対応しかとれないようなら会長はもちろん、プロ野球全体から一切手を引くべきだということ。
こんなナベツネ氏を助長させたマスコミにも責任がある。
マスコミはナベツネ氏を「球界のドン」などとはやしたてて何かあればコメントを求めたりしていたようだがこれがそもそもの間違いなのである。まず渡辺氏に球界を悪化させる弊害はあっても浄化させる能力は全くない。
それはかつての1リーグ制移行などファンをはじめとする関係者の意向を無視してほとんど自らに好都合なエゴだけで強引に突破しようとしたことや、財力のある自らのチームに有力に働くFA制度、さらには自前の人気にモノを言わせたドラフトでの「自由枠」「希望枠」などというくだらない制度ほど前向きに取り組んだ姿勢に色濃くあらわれた。つまり巨人軍のために(というより自社の新聞の発行部数が支える己の贅沢さのために)という発想はあっても球界全体のためという発想などこれっぽっちもあるかどうか …といったところばかりがにじみ出ていた。そしてその結果皮肉といえば皮肉ながら伝統ある巨人軍はおろか、球界全体のイメージダウンすら招いた。巨人戦の視聴率低下などはその象徴たるものだろう。
のみならず、自軍の都合ばかりを優先した考え方を繰り返したことで財政面に弱い球団の衰退を招いてしまった。FA市場で多額の金を出せない球団は主力選手を軒並み抜かれる…かといって自前では主力選手に十分な待遇もできない。選手補強も存分にできない…あまつさえ自チームの人気にアグラをかいた「希望枠」などのドラフト制度など言うにも及ぶまい。そんな巨人でさえ自分たちの判断ミスなどから満足な戦力をつくれなかったというのは皮肉といえば皮肉ではあるが、こうしたことでそれ以上に他球団の脆弱ぶりを促進する形となってしまったのである。
そして、巨人や渡辺ばかりでなく自らにも落ち度があったことは否めない、という前提ながらその煽りをもろにくったのが大阪近鉄バファローズだったといえよう。消滅した近鉄を想うファンは今でも少なからずいることだろう。実際近鉄が消滅した後近鉄ファンには国内野球には関心を持たずして松坂大輔らをはじめ国産メジャーリーガーを見守るというファンがかなり増えた。(当然それに乗じて全米球界に関する知識も増えたことだろう。彼らの中にはかなりメジャー通が増えたに違いない)
つまり旧近鉄ファンにとってはナベツネ氏など仇の一人のような存在であったっておかしくない。
そしてこの「球界再編協奏曲」が方々で鳴り響く中、最も肩身の狭い思いをしたのはほかでもなく巨人ファンであろう。
たまたま私は他球団のファンだったが、もし私が巨人ファンだったらG党を続けることなど本気では不可能だ。実際私のまわりでも半ば自虐的なコメントを発する巨人ファンが増えていた。それを考えると、特に本気でジャイアンツを愛する巨人ファンが本当に気の毒にすら映ったものだ。中でもON時代に酔いしれた巨人ファンにはジャイアンツという球団に対して端からは計り知れないほどの誇りを持っているはず。だからこれだけ醜態を晒しても本気で巨人についていく巨人ファンほど敬意を表したくなる気にすらなった。
ナベツネ氏が実権を持って以来の巨人からはこうした金、権力、奢りは感じても本当の意味での誇りは感じない。
原監督が「GIANTS PRIDE」なるスローガンを立てているが、見ている限り原監督こそが「GIANTS PRIDE」の象徴に過ぎないような気さえしてくる…つまりナベツネ氏のしてきたことは他球団はおろか巨人ファンの誇りすらも顧みず、蔑ろにして大半の巨人ファンに恥をかかせてきたに過ぎない。そしてその挙げ句、それすらメチャメチャにしていったのだ。
そしてそのトドメが、「1リーグ制」
1リーグにして球団数を減らすなど球界滅亡のプロローグに他ならない。
自分たちさえ栄えればよそはどうでもいい…この発想で球界をここまで解体した男を、単にメシのタネとなりうる話題作りのためであろうが「球界のドン」などといって持ち上げてその暴走ぶりを助長したその罪は大きい。こんな男は球界を潰しかけた大罪人であり、「球界のドン」などではない。「球界の¨ガン¨」の間違いではないのか…
ある意味、そんなマスコミの軽はずみな対応に乗せられたナベツネもまた、考えようによっては被害者かもしれない。いずれにしてもマスコミはよりによって一番その気にさせてはいけない人物をその気にさせたのである。
また、こんな形で引き合いに出された江川・岡崎両氏もいい面の皮だろう。特に江川氏は自分が悪いわけでもないのに岡崎氏に顔向けができまい。岡崎氏とて江川氏が悪いわけでもないとわかっていても何らかのバツの悪さは捨て切れまい。
このあたりの「人の心を組む」「人の立場を考える」ということすらナベツネ氏はできない。いや、考えようともしない…
清武代表も言っていたが…いや、言うまでもないが、こんな男はトップどころか業界から追放するのが本当だ。また、こういうアクションはもっと早く誰かがやるべきだったのである。しかし清武代表をはじめ、よく今までこんな老いぼれの横暴の数々に辛抱してきたものである。
さて、清武代表のとった行動にも当然様々な反響がある。やはり清武氏を支持するものが目立つが、一方で「日本シリーズのこの大事な時期に…」などといった意見も聞かれる。
その中には「菅野事件のイメージ払拭」「話題がないからって自前の茶番?」といったものまで聞かれる。茶番やイメージ払拭云々はともかくまぁなるほど、確かに時期的なものを考えるとお粗末さ加減については否定できまい。特に決戦を控えた両チームのファンにはまさしく水をさされたようでさぞかし不愉快であるに違いないだろう。
だが、清武代表の心情についても察してあげてほしい。以前から清武氏は「いつか言おう」「いつか言おう」とはしていたはずだ。おそらく先日の会見はある程度は、衝動的なものも手伝ったのかもしれない。清武氏ほどのポストにいながら自らの意見が軽んじられるということ自体が当人にとっては端では計り知れないほどの屈辱感があっただろうし、またそこに本人が表明したような義憤だってあったことだろう。いや、異口同音に言われる時期の問題にしたって、もしかしたら周囲が口にする以上に清武氏本人がいやというほど考えていたことかもしれない。「この時期にそういう発言をするのがいいのかどうか…もしかしてバッシングもあるのではないか」想像の域は出ないが清武氏自身がそういう懸念を持っていた可能性もある。脳天気に自己顕示欲をひけらかすおそらく生まれた時からであろう耄碌した老いぼれ会長さんのような人は別にしても、まともな人間なら例外を別にすれば誰だって意識するのは賞賛よりバッシングや批判の方である。
思い立ってから実際に会見を開くまでには間がある。ああいう会見をやる人ほどその間も長くなるはずである。その間どれほど思いつめていたことだろうか…
だから会見を開く頃にはかなり腹をくくったはずである。
日本シリーズの開幕前だったというのは単に不幸なタイミングの一致に過ぎなかったのではないだろうか。繰り返しになるがもちろん日本シリーズに臨む両チームの選手、ファン、関係者には気の毒である。交流戦やCSなどで日本シリーズやオールスターの価値の大きさに対する認識が薄れ、事実清武氏の会見についてのコメントをみてもこの¨タイミング¨に関するコメントは意外と少数ではある。だがCSを通したとはいえ、むしろだからこそそれぞれ両リーグを制して決戦に臨む両チームだからなおさら察するべきものを感じるし、形として水をさされた以上何らかの違和感は避けられまい。だから確かにタイミングとしてはお粗末きわまりないだろう。
だが、もし清武氏が純粋な気持ちで今回の会見に踏み切ったと仮定すると、読売内での立ち位置も含めて、もう相当の覚悟で会見場の席についたとみるのが自然ではないだろうか。そしてもうそこにいたるまでの過程の中では他のことを考え切る余裕などなかった…「やるなら今しかない、それも徹底してやるしかない」と。そしてたまたまそこに「日本シリーズ前夜」が絡んでしまったと…
それが一番…正しいのではないだろうか…一番近いところではないだろうか…
もっとも、実際に清武氏がどう考えていようと我々には知る由もない。私が述べた清武氏の会見にいたるまでの彼の心情についてもあくまで仮定の話の中の範疇でしかない。
だが、一言だけはっきりいえるとすれば、「ナベツネに対するイエスマンしかいない球界とその周辺」
この会見がそんな現状に何らかの一石を投じることになりそうだし、そうならなければならない。
それこそが一番大事なことである。そしてそれは衰退が囁かれる球界の再生をも導く可能性を秘めている。
それゆえ、清武氏がどうということは抜きにしても、この事件が一つの大きなターニングポイントとしてどれだけ生かせるか…そこではないだろうか。
清武氏の会見自体はあくまで巨人軍のみに向けられたものかもしれない。だが球界全体に何らかの変化を及ぼしうるならなおさら大事であり、「たかが一組織の出来事」で片付けることはできまい。
何しろ野球に限らずスポーツ界が社会に及ぼす影響は相当なものがあるからだ。
告発の具体的内容は読者様各自で調べて頂くが、告発内容に限定した上であえて問題点を指摘するならば、清武代表の意向を無視したばかりでなく清武代表から人事その他に関しての報告・要望を受理したにもかかわらず、あたかも清武代表が会長たる渡辺氏に報告もせず勝手に事を進めたという渡辺会長の言動。
この点には聞き捨てならざる部分がある。清武氏の言い分が正しいと仮定すれば…まぁ二通り考えられるだろう。言うまでもなく「渡辺会長が権力にものをいわせて清武代表の言動を自らに都合が悪いなどの理由から一方的に踏み倒した」とする考え方。そしてもう一つはおそらく85歳という年齢からくるであろう清武代表の申し出の忘却によって図らずもとってしまった行動…
確かに後者の可能性もあるが、前者だったら清武代表の立場を無視するにもほどがある。清武代表ばかりではない。渡辺氏がコーチに推す江川氏、一方で更迭を考えている岡崎氏(しかも清武代表が推していてそれを一旦受理したにもかかわらず形としては後日撤回したような感じにも見受けられる)…
そして前者後者いずれの場合であってもいえること、それは相手が下の人間であれ誰であれこんないい加減な対応しかとれないようなら会長はもちろん、プロ野球全体から一切手を引くべきだということ。
こんなナベツネ氏を助長させたマスコミにも責任がある。
マスコミはナベツネ氏を「球界のドン」などとはやしたてて何かあればコメントを求めたりしていたようだがこれがそもそもの間違いなのである。まず渡辺氏に球界を悪化させる弊害はあっても浄化させる能力は全くない。
それはかつての1リーグ制移行などファンをはじめとする関係者の意向を無視してほとんど自らに好都合なエゴだけで強引に突破しようとしたことや、財力のある自らのチームに有力に働くFA制度、さらには自前の人気にモノを言わせたドラフトでの「自由枠」「希望枠」などというくだらない制度ほど前向きに取り組んだ姿勢に色濃くあらわれた。つまり巨人軍のために(というより自社の新聞の発行部数が支える己の贅沢さのために)という発想はあっても球界全体のためという発想などこれっぽっちもあるかどうか …といったところばかりがにじみ出ていた。そしてその結果皮肉といえば皮肉ながら伝統ある巨人軍はおろか、球界全体のイメージダウンすら招いた。巨人戦の視聴率低下などはその象徴たるものだろう。
のみならず、自軍の都合ばかりを優先した考え方を繰り返したことで財政面に弱い球団の衰退を招いてしまった。FA市場で多額の金を出せない球団は主力選手を軒並み抜かれる…かといって自前では主力選手に十分な待遇もできない。選手補強も存分にできない…あまつさえ自チームの人気にアグラをかいた「希望枠」などのドラフト制度など言うにも及ぶまい。そんな巨人でさえ自分たちの判断ミスなどから満足な戦力をつくれなかったというのは皮肉といえば皮肉ではあるが、こうしたことでそれ以上に他球団の脆弱ぶりを促進する形となってしまったのである。
そして、巨人や渡辺ばかりでなく自らにも落ち度があったことは否めない、という前提ながらその煽りをもろにくったのが大阪近鉄バファローズだったといえよう。消滅した近鉄を想うファンは今でも少なからずいることだろう。実際近鉄が消滅した後近鉄ファンには国内野球には関心を持たずして松坂大輔らをはじめ国産メジャーリーガーを見守るというファンがかなり増えた。(当然それに乗じて全米球界に関する知識も増えたことだろう。彼らの中にはかなりメジャー通が増えたに違いない)
つまり旧近鉄ファンにとってはナベツネ氏など仇の一人のような存在であったっておかしくない。
そしてこの「球界再編協奏曲」が方々で鳴り響く中、最も肩身の狭い思いをしたのはほかでもなく巨人ファンであろう。
たまたま私は他球団のファンだったが、もし私が巨人ファンだったらG党を続けることなど本気では不可能だ。実際私のまわりでも半ば自虐的なコメントを発する巨人ファンが増えていた。それを考えると、特に本気でジャイアンツを愛する巨人ファンが本当に気の毒にすら映ったものだ。中でもON時代に酔いしれた巨人ファンにはジャイアンツという球団に対して端からは計り知れないほどの誇りを持っているはず。だからこれだけ醜態を晒しても本気で巨人についていく巨人ファンほど敬意を表したくなる気にすらなった。
ナベツネ氏が実権を持って以来の巨人からはこうした金、権力、奢りは感じても本当の意味での誇りは感じない。
原監督が「GIANTS PRIDE」なるスローガンを立てているが、見ている限り原監督こそが「GIANTS PRIDE」の象徴に過ぎないような気さえしてくる…つまりナベツネ氏のしてきたことは他球団はおろか巨人ファンの誇りすらも顧みず、蔑ろにして大半の巨人ファンに恥をかかせてきたに過ぎない。そしてその挙げ句、それすらメチャメチャにしていったのだ。
そしてそのトドメが、「1リーグ制」
1リーグにして球団数を減らすなど球界滅亡のプロローグに他ならない。
自分たちさえ栄えればよそはどうでもいい…この発想で球界をここまで解体した男を、単にメシのタネとなりうる話題作りのためであろうが「球界のドン」などといって持ち上げてその暴走ぶりを助長したその罪は大きい。こんな男は球界を潰しかけた大罪人であり、「球界のドン」などではない。「球界の¨ガン¨」の間違いではないのか…
ある意味、そんなマスコミの軽はずみな対応に乗せられたナベツネもまた、考えようによっては被害者かもしれない。いずれにしてもマスコミはよりによって一番その気にさせてはいけない人物をその気にさせたのである。
また、こんな形で引き合いに出された江川・岡崎両氏もいい面の皮だろう。特に江川氏は自分が悪いわけでもないのに岡崎氏に顔向けができまい。岡崎氏とて江川氏が悪いわけでもないとわかっていても何らかのバツの悪さは捨て切れまい。
このあたりの「人の心を組む」「人の立場を考える」ということすらナベツネ氏はできない。いや、考えようともしない…
清武代表も言っていたが…いや、言うまでもないが、こんな男はトップどころか業界から追放するのが本当だ。また、こういうアクションはもっと早く誰かがやるべきだったのである。しかし清武代表をはじめ、よく今までこんな老いぼれの横暴の数々に辛抱してきたものである。
さて、清武代表のとった行動にも当然様々な反響がある。やはり清武氏を支持するものが目立つが、一方で「日本シリーズのこの大事な時期に…」などといった意見も聞かれる。
その中には「菅野事件のイメージ払拭」「話題がないからって自前の茶番?」といったものまで聞かれる。茶番やイメージ払拭云々はともかくまぁなるほど、確かに時期的なものを考えるとお粗末さ加減については否定できまい。特に決戦を控えた両チームのファンにはまさしく水をさされたようでさぞかし不愉快であるに違いないだろう。
だが、清武代表の心情についても察してあげてほしい。以前から清武氏は「いつか言おう」「いつか言おう」とはしていたはずだ。おそらく先日の会見はある程度は、衝動的なものも手伝ったのかもしれない。清武氏ほどのポストにいながら自らの意見が軽んじられるということ自体が当人にとっては端では計り知れないほどの屈辱感があっただろうし、またそこに本人が表明したような義憤だってあったことだろう。いや、異口同音に言われる時期の問題にしたって、もしかしたら周囲が口にする以上に清武氏本人がいやというほど考えていたことかもしれない。「この時期にそういう発言をするのがいいのかどうか…もしかしてバッシングもあるのではないか」想像の域は出ないが清武氏自身がそういう懸念を持っていた可能性もある。脳天気に自己顕示欲をひけらかすおそらく生まれた時からであろう耄碌した老いぼれ会長さんのような人は別にしても、まともな人間なら例外を別にすれば誰だって意識するのは賞賛よりバッシングや批判の方である。
思い立ってから実際に会見を開くまでには間がある。ああいう会見をやる人ほどその間も長くなるはずである。その間どれほど思いつめていたことだろうか…
だから会見を開く頃にはかなり腹をくくったはずである。
日本シリーズの開幕前だったというのは単に不幸なタイミングの一致に過ぎなかったのではないだろうか。繰り返しになるがもちろん日本シリーズに臨む両チームの選手、ファン、関係者には気の毒である。交流戦やCSなどで日本シリーズやオールスターの価値の大きさに対する認識が薄れ、事実清武氏の会見についてのコメントをみてもこの¨タイミング¨に関するコメントは意外と少数ではある。だがCSを通したとはいえ、むしろだからこそそれぞれ両リーグを制して決戦に臨む両チームだからなおさら察するべきものを感じるし、形として水をさされた以上何らかの違和感は避けられまい。だから確かにタイミングとしてはお粗末きわまりないだろう。
だが、もし清武氏が純粋な気持ちで今回の会見に踏み切ったと仮定すると、読売内での立ち位置も含めて、もう相当の覚悟で会見場の席についたとみるのが自然ではないだろうか。そしてもうそこにいたるまでの過程の中では他のことを考え切る余裕などなかった…「やるなら今しかない、それも徹底してやるしかない」と。そしてたまたまそこに「日本シリーズ前夜」が絡んでしまったと…
それが一番…正しいのではないだろうか…一番近いところではないだろうか…
もっとも、実際に清武氏がどう考えていようと我々には知る由もない。私が述べた清武氏の会見にいたるまでの彼の心情についてもあくまで仮定の話の中の範疇でしかない。
だが、一言だけはっきりいえるとすれば、「ナベツネに対するイエスマンしかいない球界とその周辺」
この会見がそんな現状に何らかの一石を投じることになりそうだし、そうならなければならない。
それこそが一番大事なことである。そしてそれは衰退が囁かれる球界の再生をも導く可能性を秘めている。
それゆえ、清武氏がどうということは抜きにしても、この事件が一つの大きなターニングポイントとしてどれだけ生かせるか…そこではないだろうか。
清武氏の会見自体はあくまで巨人軍のみに向けられたものかもしれない。だが球界全体に何らかの変化を及ぼしうるならなおさら大事であり、「たかが一組織の出来事」で片付けることはできまい。
何しろ野球に限らずスポーツ界が社会に及ぼす影響は相当なものがあるからだ。