SB:珍記録 | スポーツを語ろう-ZE!!

SB:珍記録

既に御存知の方も多いと思うが、横浜ランドルフが、試合前のメンバー交換の手違いもあり1回表1死から登板。8回2/3を投げ毎回の15奪三振をあげ中日打線を“準”完封した。
これも既に報道された通りだが、実はメンバー表には次の日、つまり本日先発のライアン・グリンの名前が誤って記載されていたものである。実際にはランドルフの先発予定でもメンバー表交換後では最低でも打者1人に相対せねばならず、グリンは一死を取ると苦笑いを浮かべながらランドルフと交代、これが真相のようである。
と、ここで珍記録が発生。それはリリーフ投手の毎回奪三振がプロ野球史上初というのである。確かにリリーフ投手が1回から9回まで投げること自体がまれだ。しかも毎回奪三振のオマケまでついている。
それにしても、今年は暗い話題ばかりが目についたベイスターズにとってランドルフの獲得だけは、少なくとも現段階だけをみれば大ヒットだ。そしてこのランドルフ。インタビューその他を聞いている限りハートや心構えも一級品だ。こういう選手をベイスターズは大事にしていかないといけない。特に今はチームの投壊状態が顕著であるだけに、くれぐれも年俸や起用法などで揉めたりすることがなく、ランドルフの性格や特徴、持ち味、ポリシーのいい部分を生かしながらよくコミュニケーションを重ねた上で長いスパンで扱ってほしいと思う。
ところで、毎回奪三振はともかく先発が打者1人で交代し、2番手投手がその後の試合を完了したケースについては一度だけ、高校野球だが心あたりがある。
84年春のセンバツ2回戦、宮崎・都城高-兵庫・私神港(現神港学園)の試合だった。私神港の先発のエース小間が先頭打者を四球か死球かだったと思うが、塁に出したところで降板。「あれ?」と思ってテレビ観戦を続けていたところメンバー交換後にエース小間の故障が発覚したらしく、メンバー表を提出して登板することになった以上最低打者1人との対戦が義務づけられているとのことでこのような事態になったというわけだ。
ちなみに試合の方は当時大会屈指の好投手と評された田口竜二(元南海-福岡ダイエー)を擁する都城高が私神港を退け2回戦に進出した。