“世界一性格の悪い男”の意地と反骨心 −8《エピローグ》
こうしてついに鈴木みのるはモーリス・スミスに勝った。初対決から5年の歳月が経っている。結局これを最後に1勝2敗…勝敗だけをみればそうなるが、前回の同記事に記したみのるの試合後のコメントにもあるとおり、みのるがモーリスとの闘いで得たものにはそういった表面的な要素を遥かに超越したものがあるのは言うまでもない。
繰り返すが、初対決のときはモーリスに負けたこと以上にモーリスに対する恐怖心に打ち勝つことができず、心が折れて、心が逃げてしまった。みのるが選手名鑑等にライバルとして「弱い部分の自分」とあるのはこの頃から命題として持っていたのかもしれない。
そしてプロレスラーとしてプライドをズタズタにされたばかりでなく、自分の敗北でプロレスラーの権威を落としてしまったと感じた。モーリスに勝つこともさることながら、自分自身が感じた“落とし前”にケリをつける必要があったのである。
だから、自らの手でモーリスとの再戦のチャンスを手にしながらみのるを嫌っていたモーリスサイドからキックルールという1%(以下)の絶望的なルールでもしっかり飲んでまで自らの責任を果たそうとしたのである。
その結果、前回同様ボコボコにされたが打ちのめされても向かっていく姿勢がファンに共感を与え、可能性の低いことにも完全とトライすることの大きさ、尊さを教えた。
みのるがしてきたことは決して並大抵のことではない。だから自らが思うようにことが運ばなくても決して恥じることはない。だがそこに情熱や信念、希望がある限りどんなに可能性が低くてもトライする…みのるは自分の意志を最後まで徹底して押し通して実現にこぎつけたことでそれがいかに大事なことかを実証してみせたのだ。この時点ではみのるはまだモーリスに勝っていないがプロのアスリートがファンに伝えなければならないのは勝敗ばかりではない。ある意味勝敗以上に大事なものをみのるはファンに植えつけることで自らがまいた種に折り合いをつけ、できる限りの責任だけは存分に果たしたのだ。あとは勝つのみだ。
そしてその情熱はモーリスの心をも解きほぐした。やがて二人はお互いを認め合うようになった。恐らく、東京ドームのときの初対決のときは初対面の選手ということもあって“強敵”、“怖い”という意識はあってもあとは“にっくき敵”ぐらいの感情しかなかったのだろう。だが気がつけばいつの間にかみのるはモーリスに敬意を払うようになっていた。恐らく本人にもいつの間にそんな感情を持つようになったのかはわかってないのかもしれない。
一方でモーリスはチャンピオンである自分に対して対抗意識しかぶつけてこない、この若くて無謀な挑戦者に嫌悪感しか抱けなかったが、それでも彼の闘いに燃やす精神には一目置いていたという。それがみのるに対戦相手に敬意を抱くという形で成長が見られたとき、初めて運命的な絆はここで交錯し、最高の師弟関係をみせたのである。だから前回のこのシリーズでも述べた「モーリス・スミスという人に…触られても教わってもいないのに…いっぱい教わったような気が…します…」というみのるの言葉が現実味と説得力を帯びてくるのである。
そしてついに、大願は成就された。タイムにして3R1分たらず。だが「これはどこへ行っても通用するものだから」ということで一途に育て上げ、こだわり続け、磨き続けてきた関節技のレスリングで仕留めてみせた。しかも奇数ラウンドで、グローブをつけた不自由なはずの状態で腕関節を取ったところに彼の成長した、強くなった姿を感じたものだ。
まさに“三度目の正直”である。そしてそれは最高の形で実を結んだのである。
週刊プロレスではこの結末を「青春の卒業式」と評していた。まさしく言い得て妙というものだ。そしてそこからまたみのるの新たなプロレス人生がスタートした-
―――――――――――
あれから約15年―場所は後楽園ホール…
そして鈴木みのる自らが主催したデビュー20周年記念興行である。
リング上ではモーリス・スミスと鈴木みのるがエキシビジョンマッチを行っていた。髪型や体型、キャラクターまで何もかもが変わってしまい、挙げ句には「世界一性格の悪い男」のレッテルまで貼られ(しかもその言葉のイメージがピッタリフィットしている)てしまったが、コスチュームだけは過去モーリス戦で身につけていたイメージをそのまま引き継いだようなものを着用していた。
みのるにとってこの“白の戦闘服”はモーリス戦に限らずタイトルがかかった試合など節目の試合では必ず身につけているものだが、それとてそのルーツはあの東京ドームでのモーリスとの初対決である。そう考えると、改めてみのるにとってこの初対戦がいかに彼の将来に大きなものを残していったかがわかる。あのモーリス戦がなければ、またあのモーリス戦が彼にとって大した意味を持つものでなければこの“白の戦闘服”はただのコスチュームにしかならなかっただろうから…
それにしても、愚直なまでに自分のこだわりを大事にする男である…
写真にもあるとおり…両者とも疲れているが…その表情は本当にすがすがしい…
武道館での結末が“卒業式”ならこの空間にはまるで“同窓会”のような雰囲気がある…
やはりモーリスとみのるには、目には見えない“運命的な師弟関係”があったという思いを禁じ得ない。
だが、それを現実に解き放ったのはみのる自身の“意地と反骨心”以外に他ならないだろう。
(完)
繰り返すが、初対決のときはモーリスに負けたこと以上にモーリスに対する恐怖心に打ち勝つことができず、心が折れて、心が逃げてしまった。みのるが選手名鑑等にライバルとして「弱い部分の自分」とあるのはこの頃から命題として持っていたのかもしれない。
そしてプロレスラーとしてプライドをズタズタにされたばかりでなく、自分の敗北でプロレスラーの権威を落としてしまったと感じた。モーリスに勝つこともさることながら、自分自身が感じた“落とし前”にケリをつける必要があったのである。
だから、自らの手でモーリスとの再戦のチャンスを手にしながらみのるを嫌っていたモーリスサイドからキックルールという1%(以下)の絶望的なルールでもしっかり飲んでまで自らの責任を果たそうとしたのである。
その結果、前回同様ボコボコにされたが打ちのめされても向かっていく姿勢がファンに共感を与え、可能性の低いことにも完全とトライすることの大きさ、尊さを教えた。
みのるがしてきたことは決して並大抵のことではない。だから自らが思うようにことが運ばなくても決して恥じることはない。だがそこに情熱や信念、希望がある限りどんなに可能性が低くてもトライする…みのるは自分の意志を最後まで徹底して押し通して実現にこぎつけたことでそれがいかに大事なことかを実証してみせたのだ。この時点ではみのるはまだモーリスに勝っていないがプロのアスリートがファンに伝えなければならないのは勝敗ばかりではない。ある意味勝敗以上に大事なものをみのるはファンに植えつけることで自らがまいた種に折り合いをつけ、できる限りの責任だけは存分に果たしたのだ。あとは勝つのみだ。
そしてその情熱はモーリスの心をも解きほぐした。やがて二人はお互いを認め合うようになった。恐らく、東京ドームのときの初対決のときは初対面の選手ということもあって“強敵”、“怖い”という意識はあってもあとは“にっくき敵”ぐらいの感情しかなかったのだろう。だが気がつけばいつの間にかみのるはモーリスに敬意を払うようになっていた。恐らく本人にもいつの間にそんな感情を持つようになったのかはわかってないのかもしれない。
一方でモーリスはチャンピオンである自分に対して対抗意識しかぶつけてこない、この若くて無謀な挑戦者に嫌悪感しか抱けなかったが、それでも彼の闘いに燃やす精神には一目置いていたという。それがみのるに対戦相手に敬意を抱くという形で成長が見られたとき、初めて運命的な絆はここで交錯し、最高の師弟関係をみせたのである。だから前回のこのシリーズでも述べた「モーリス・スミスという人に…触られても教わってもいないのに…いっぱい教わったような気が…します…」というみのるの言葉が現実味と説得力を帯びてくるのである。
そしてついに、大願は成就された。タイムにして3R1分たらず。だが「これはどこへ行っても通用するものだから」ということで一途に育て上げ、こだわり続け、磨き続けてきた関節技のレスリングで仕留めてみせた。しかも奇数ラウンドで、グローブをつけた不自由なはずの状態で腕関節を取ったところに彼の成長した、強くなった姿を感じたものだ。
まさに“三度目の正直”である。そしてそれは最高の形で実を結んだのである。
週刊プロレスではこの結末を「青春の卒業式」と評していた。まさしく言い得て妙というものだ。そしてそこからまたみのるの新たなプロレス人生がスタートした-
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あれから約15年―場所は後楽園ホール…
そして鈴木みのる自らが主催したデビュー20周年記念興行である。
リング上ではモーリス・スミスと鈴木みのるがエキシビジョンマッチを行っていた。髪型や体型、キャラクターまで何もかもが変わってしまい、挙げ句には「世界一性格の悪い男」のレッテルまで貼られ(しかもその言葉のイメージがピッタリフィットしている)てしまったが、コスチュームだけは過去モーリス戦で身につけていたイメージをそのまま引き継いだようなものを着用していた。
みのるにとってこの“白の戦闘服”はモーリス戦に限らずタイトルがかかった試合など節目の試合では必ず身につけているものだが、それとてそのルーツはあの東京ドームでのモーリスとの初対決である。そう考えると、改めてみのるにとってこの初対戦がいかに彼の将来に大きなものを残していったかがわかる。あのモーリス戦がなければ、またあのモーリス戦が彼にとって大した意味を持つものでなければこの“白の戦闘服”はただのコスチュームにしかならなかっただろうから…
それにしても、愚直なまでに自分のこだわりを大事にする男である…
写真にもあるとおり…両者とも疲れているが…その表情は本当にすがすがしい…
武道館での結末が“卒業式”ならこの空間にはまるで“同窓会”のような雰囲気がある…
やはりモーリスとみのるには、目には見えない“運命的な師弟関係”があったという思いを禁じ得ない。
だが、それを現実に解き放ったのはみのる自身の“意地と反骨心”以外に他ならないだろう。
(完)
