横浜・大矢監督の“休養”を考える−② 大矢監督の采配2、球団の対応ほか
(前回より続く)
前日のこのコーナーでは大矢監督の采配面の問題点について述べた。いい人材もいるとはいえ戦力的に決して恵まれていたとは言えないが、一方で選手起用には一貫性に欠けた中途半端なものも多々目立ったところに将来的に明るいものを感じない面も見られ、それが響いた部分もあったものとみている、というのが前回の主旨だ。そしてその意味で主に松本や山崎らの起用について指摘したのだが彼らのケースにしてもあくまで一例に過ぎず、意味があるのかないのかわからないような投手交代も去年からそんなに変化がなかったように思う。
投手についてつけ加えれば、去年などはピンチに陥ったからといって序盤から次々と交代させたことで特に若手投手に十分な自信をつけさせられなかったばかりか主力投手候補の伸び悩みを招いてしまったことも各投手の一本立ちを妨げてしまった一因として今季の低迷に響いた部分もあるのではないか。まぁこれは前任投手コーチの責任も大きいのだが、いずれにしても総じて選手起用に中途半端な面が色濃く出た挙げ句、選手が十分成長せずに思わぬ低迷に繋がった印象が強い。
大矢監督についてもう少し続けたい。今“思わぬ”という表現を使ったが、これは大矢監督の第二次監督就任前の10年前となる97年に2位に躍進し、翌98年に権藤博新監督で38年ぶりの日本一に輝くのだが、その礎を築いたのが大矢監督だということで当時は優勝監督となった権藤氏よりも高い評価をする者が少なくなかったものだ。もう今となってはこのときの大矢采配をまぐれのように思う者も多いだろう。ただそう見られてもおかしくない形にはなってしまっているが、このときの方が粘り強く腰の据わった落ち着いた采配ができていた。実際私も大矢監督の著書を読んでどのような考えを持ってシーズンに臨んでいたのかをある程度把握しているが、この考え方なら次に監督になったときが楽しみだと思っていたものだ。そしてこの姿勢こそが石井琢朗や鈴木尚典、佐伯貴弘らを一人前に育てあげ、投手陣でも野村弘樹、斎藤隆の先発陣に三浦大輔や戸叶尚らが自信をつけて厚みが増した。そんな事実を知ってるからこその、大矢監督での低迷が“思わぬもの”として私に映っているのだ。だから、大矢監督の下でのこの不振を信じたくないし、どうも釈然
としないものを感じていたのだ。
しかしこれにも考えているうちにいろいろなことが見えてきた。
まず、大矢監督には前任の97年から今回の第二次内閣就任となる07年まで監督としては10年間のブランクがある。よく考えればこの間に指揮を執っていないため試合勘が鈍ってしまったのかもしれない。それに10年の間に大矢氏自身も老けてしまう。しかも大矢氏も還暦を過ぎている。さらにいえば前回の監督時に好成績をあげたことでプレッシャーか何か、余計な力が働いたのかもしれない。
第一、10年もあれば大矢監督自身ももちろんだろうがプロ野球の情勢も変化するものだ。だから大矢監督にとっても勝手の違い、リズムのズレなどもいろいろとあったはずだ。だから97年の感覚で指揮を執っていたのでは通用しなかったのかもしれない。
この点が現在代行を務めている田代富雄とも事情の違うところがあるのだろう。田代氏については改めて述べる所存だが、今回の大矢監督での低迷をみていて一つ大きく感じたことが、監督を離れて解説者として過ごすことが監督業には必ずしもプラス面ばかりをもたらすとは限らないという点だ。よく監督を退任するとき「これからは(解説者として)ネット裏から野球を勉強します」という者を多々見かけるが、監督をやる上において身につくのは収穫ばかりとは限らない。
むしろ阪神の監督を辞めてから楽天の監督をやるまでアマチュアの監督(社会人・シダックス)をやっていた野村克也や、韓国での指揮を経験している渡辺久信のようにたとえ日本のプロ球界ではなくても監督としての実績をどこかで積んでいる者こそが監督として本当の意味での修行を積めているのではないだろうか。二軍監督から昇格した田代氏にしてもそうだが、解説者としての経験からは客観的な視点から球界全体を満遍なく見れるというメリットはあるが(大矢監督はそれを生かせなかったのかも)特定チームの監督ならそのチームについて隅から隅まで知っている者こそが成功を知るということかもしれない。
そこが、同じ野球を知り、勉強するということであっても解説者と監督という立場で内容の違い、勝手の違いもかなりあるのかもしれない。
こんな現象は、何も大矢氏のケースに限って起こるようなことではあるまい。過去にも、また他球団においてもこういったことは大なり小なりあったはずだ。それは結構見過ごされてきたように思うが、そう思うがゆえに大矢氏の話を今回引き伸ばしたのである。
それにしても、球団のこの扱い…これでは世間から批判を食うのは誠に当然だ。休養として扱われているとはいえ、成り行きから大矢氏の復帰にまず現実味はないものと思うが、解任のような扱いをするなら去年のオフの段階で本人から辞任の意向があったのだからその段階で慰留などせずスパッと辞めさせるべきだった。辞めさせるなら最初から思い切って辞めさせる、続けるなら腹を括って何があっても1年は辛抱して任せきるのが本来の姿というものだ。去年暮れの段階では僅かに希望が見えていたものが今季蓋をあけてみたら全く先が見えなくなっていた、というところだろうからわからなくもないが、ファンあっての商売で「いい人を辞めさせた」「薄情だ」という印象をもたれてはマイナスがでかい。何より大矢氏自身が「こんな扱い方をするならなぜ去年辞任をほのめかした段階で…」と思っていることだろう。
特にこのチーム、21世紀に入って早くも5人目の監督だ。もはやお家芸といってもいいほど監督人選の仕方がお粗末過ぎる。果たして今回もその傾向に進歩がないことをさらけ出してしまった。
(続く)
前日のこのコーナーでは大矢監督の采配面の問題点について述べた。いい人材もいるとはいえ戦力的に決して恵まれていたとは言えないが、一方で選手起用には一貫性に欠けた中途半端なものも多々目立ったところに将来的に明るいものを感じない面も見られ、それが響いた部分もあったものとみている、というのが前回の主旨だ。そしてその意味で主に松本や山崎らの起用について指摘したのだが彼らのケースにしてもあくまで一例に過ぎず、意味があるのかないのかわからないような投手交代も去年からそんなに変化がなかったように思う。
投手についてつけ加えれば、去年などはピンチに陥ったからといって序盤から次々と交代させたことで特に若手投手に十分な自信をつけさせられなかったばかりか主力投手候補の伸び悩みを招いてしまったことも各投手の一本立ちを妨げてしまった一因として今季の低迷に響いた部分もあるのではないか。まぁこれは前任投手コーチの責任も大きいのだが、いずれにしても総じて選手起用に中途半端な面が色濃く出た挙げ句、選手が十分成長せずに思わぬ低迷に繋がった印象が強い。
大矢監督についてもう少し続けたい。今“思わぬ”という表現を使ったが、これは大矢監督の第二次監督就任前の10年前となる97年に2位に躍進し、翌98年に権藤博新監督で38年ぶりの日本一に輝くのだが、その礎を築いたのが大矢監督だということで当時は優勝監督となった権藤氏よりも高い評価をする者が少なくなかったものだ。もう今となってはこのときの大矢采配をまぐれのように思う者も多いだろう。ただそう見られてもおかしくない形にはなってしまっているが、このときの方が粘り強く腰の据わった落ち着いた采配ができていた。実際私も大矢監督の著書を読んでどのような考えを持ってシーズンに臨んでいたのかをある程度把握しているが、この考え方なら次に監督になったときが楽しみだと思っていたものだ。そしてこの姿勢こそが石井琢朗や鈴木尚典、佐伯貴弘らを一人前に育てあげ、投手陣でも野村弘樹、斎藤隆の先発陣に三浦大輔や戸叶尚らが自信をつけて厚みが増した。そんな事実を知ってるからこその、大矢監督での低迷が“思わぬもの”として私に映っているのだ。だから、大矢監督の下でのこの不振を信じたくないし、どうも釈然
としないものを感じていたのだ。
しかしこれにも考えているうちにいろいろなことが見えてきた。
まず、大矢監督には前任の97年から今回の第二次内閣就任となる07年まで監督としては10年間のブランクがある。よく考えればこの間に指揮を執っていないため試合勘が鈍ってしまったのかもしれない。それに10年の間に大矢氏自身も老けてしまう。しかも大矢氏も還暦を過ぎている。さらにいえば前回の監督時に好成績をあげたことでプレッシャーか何か、余計な力が働いたのかもしれない。
第一、10年もあれば大矢監督自身ももちろんだろうがプロ野球の情勢も変化するものだ。だから大矢監督にとっても勝手の違い、リズムのズレなどもいろいろとあったはずだ。だから97年の感覚で指揮を執っていたのでは通用しなかったのかもしれない。
この点が現在代行を務めている田代富雄とも事情の違うところがあるのだろう。田代氏については改めて述べる所存だが、今回の大矢監督での低迷をみていて一つ大きく感じたことが、監督を離れて解説者として過ごすことが監督業には必ずしもプラス面ばかりをもたらすとは限らないという点だ。よく監督を退任するとき「これからは(解説者として)ネット裏から野球を勉強します」という者を多々見かけるが、監督をやる上において身につくのは収穫ばかりとは限らない。
むしろ阪神の監督を辞めてから楽天の監督をやるまでアマチュアの監督(社会人・シダックス)をやっていた野村克也や、韓国での指揮を経験している渡辺久信のようにたとえ日本のプロ球界ではなくても監督としての実績をどこかで積んでいる者こそが監督として本当の意味での修行を積めているのではないだろうか。二軍監督から昇格した田代氏にしてもそうだが、解説者としての経験からは客観的な視点から球界全体を満遍なく見れるというメリットはあるが(大矢監督はそれを生かせなかったのかも)特定チームの監督ならそのチームについて隅から隅まで知っている者こそが成功を知るということかもしれない。
そこが、同じ野球を知り、勉強するということであっても解説者と監督という立場で内容の違い、勝手の違いもかなりあるのかもしれない。
こんな現象は、何も大矢氏のケースに限って起こるようなことではあるまい。過去にも、また他球団においてもこういったことは大なり小なりあったはずだ。それは結構見過ごされてきたように思うが、そう思うがゆえに大矢氏の話を今回引き伸ばしたのである。
それにしても、球団のこの扱い…これでは世間から批判を食うのは誠に当然だ。休養として扱われているとはいえ、成り行きから大矢氏の復帰にまず現実味はないものと思うが、解任のような扱いをするなら去年のオフの段階で本人から辞任の意向があったのだからその段階で慰留などせずスパッと辞めさせるべきだった。辞めさせるなら最初から思い切って辞めさせる、続けるなら腹を括って何があっても1年は辛抱して任せきるのが本来の姿というものだ。去年暮れの段階では僅かに希望が見えていたものが今季蓋をあけてみたら全く先が見えなくなっていた、というところだろうからわからなくもないが、ファンあっての商売で「いい人を辞めさせた」「薄情だ」という印象をもたれてはマイナスがでかい。何より大矢氏自身が「こんな扱い方をするならなぜ去年辞任をほのめかした段階で…」と思っていることだろう。
特にこのチーム、21世紀に入って早くも5人目の監督だ。もはやお家芸といってもいいほど監督人選の仕方がお粗末過ぎる。果たして今回もその傾向に進歩がないことをさらけ出してしまった。
(続く)