WBC総括−4 | スポーツを語ろう-ZE!!

WBC総括−4

まず、WBCとは直接は関係ないかもしれないが、今後の野球界における課題点ということで気がついたことがもう一つあるので指摘させて頂く。それはストライクゾーンの扱いだ。
あまりメジャーを詳しく報道する機関が少ないためか(もっとも報道したとして日本人選手の活躍以外興味を持たない人が大半かもしれない)ご存知の方は意外と少ないかもしれないが、メジャーリーグでは2ストライクになると外角がホームプレートよりボール2個分ほど広くなるという話がある。実はこれが試合内容に大きな影響を与えている。なぜならストライクゾーンが広がればその分打者はそれまでボールカウントが得られるものとして見逃してきた球でも手を出さざるを得なくなることが一つ。一方投手サイドからするとストライクゾーンが広がって外角球をより有効に使えるというメリットが出てその分余分なことを考えることなくどんどん投げ込むことができる。
そうなれば試合ペースは自ずと早くなり、15秒ルールなど設けなくてもきびきびした試合展開が期待できるばかりでなく、投手も打者も自然と攻めることに徹するような形になるからよりアグレッシブな攻防を堪能できるというわけだ。
第一、考えてみればホームプレートというのはあくまでストライクゾーンを構築するための目安でしかない。敬遠の球を大根切りにして打つ打者だっているくらいなのだからピッチャーの投げる球が必ずしもホームプレートを通らなければ打てないというわけでもなく、バッターが手を出せる球であれば別にホームプレートを通ってないからといってボールカウントをとることもないのだ。最低限打者が打たなければならないコースということでホームプレートの上をルール上ストライクとしているに過ぎない。ホームプレートを通らない球をストライクとすること自体はある意味ルール違反ともいえるため抵抗のある人も多いかもしれない。だがよりスピーディーでアグレッシブな空間を作る効果があるのならそのくらいの融通はきかせてもいいと思う。第一くだらないところで15秒ルールなどというクソマジメなルールで野球の生きのよさを殺してしまうよりも少々セオリーから外れても勝負の本質から大幅に逸れたりしない限りよりエキサイティングな空間を作れる環境作りを優先した方がよい。ということで、内角・外角ということでなくてもストライクゾーンを広げるのは賛
成だ。ただし一方でストライクゾーンが狭いことで日本のピッチャーのコントロールに磨きがかかったことも忘れてはならない。日本や韓国の投手陣が今回のWBCでも鍛え込まれた制球力を遺憾なく発揮したこと。一方で同じくアメリカのロイ・オズワルトのWBCでのピッチングにしてもそうだが、アメリカのピッチャーが日本球界のようなストライクゾーンの狭い球界にくると細かい制球力のなさを露呈してそこをつけいられるケースが目立つことも無視できまい。だからピッチャーに甘すぎるほどのストライクゾーンも考えものだ。
ただ、試合内容をより濃密にし、投手のプレー環境をサポートでき、打者のレベルアップにもつながる。そのメリットが期待できるのであれば実行にうつすだけの価値は十分あると思う。
最後に原監督の采配についてだが、山田久志、伊東勤、与田剛ら力強い参謀のバックアップも得て、優勝を果たし、さらにそれから時間も経っているせいか特に目につくような問題点にもそう心あたりはないが、決勝戦の最後をダルビッシュで締めようとしたのにはいささかクレームを禁じ得ない。原監督がダルビッシュにこだわるのもわからなくはないし、点差がある程度開いていれば確かにダルビッシュでもよかったが一点差で同点、逆転の危険性もあっただけにあそこはセオリー通りなら藤川である。か、杉内続投でもよかった。原監督-ダルビッシュ-藤川のトライアングルに何があったかは知らないが、一点差ならクローザーとしてのスペシャリスト・藤川に賭けるというのは定石である。
しかも肝心のダルビッシュは大会を通じて安定感を欠いていた。原監督にしてみれば“なんとか少しでも立ち直った状態で帰国させてあげたい”という情があったのかもしれない。その情自体は結構なことだと思うのだが采配失敗は采配失敗である。結果として同点にされたところまでは現実になってしまったがもし逆転を許した上に交代期を逸したあげく気がついたら連打連打で点差がついてそのまま寂しく準優勝にでも終わっていたら何とする。ましてそれではダルビッシュの心にだってかえって深い傷を植えつけかねないのだ。
ただし、もちろんこの起用はうまくいけばダルビッシュの闘魂にいい形で火をつけることになる。果たしてイチローのタイムリーで勝ち越したその裏、ダルビッシュはまさに鬼気迫るというべき迫力で韓国の息の根を止めた。あの最後のダルビッシュの、これまでの彼のプレーでも見たことのないガッツポーズと雄叫びがまた、まるで絞り出したかのような彼の意地をいっぱいに滲み出していたかのように思えた。
そしてあの原監督の投手交代失敗がまた意外なまでのドラマチックな結末を呼び込むのだから野球はわからない。あれがなければイチローのあの値千金の決勝打はなかった。文字通りの怪我の功名ともいうべき皮肉な話ではあるが、あの一打が出たことで今回の優勝にほとんどの人が感動を受けるほどの“箔”がついたのだから、あのダルビッシュ起用も終わってみれば“運命のシナリオ”のようなものとなった。ここもまた野球の面白いところだ。
前回の優勝は“王監督を男にするんだ”という気持ちが純粋に一つになったのが見て取れた分価値は十分あったが、韓国には1勝2敗と負け越すなどまぐれっぽいところもあった。今回はアメリカやドミニカなど有力チームがもう一つふるわなかったという背景こそあったものの、日本の野球が十分世界に通用するということが証明できたと思う。次の大会ではさらに精度の高まった野球を見せたいところだろう。そのためにもその進歩を確認して喜ぶとともに、課題には課題で真正面から向き合って安定感を増し、レベルをあげてほしい。