野球界において、足の速さはどれほど重要となるか?−2
(前回より続く)
一方で、奇しくもといおうか皮肉といおうか、ちょうど飯島と同期でプロに入った人間でとんでもない大物がいるのをご存知だろうか?いるのだ。誰であろう…
山田久志が1位、加藤秀司が2位で入団した阪急(現オリックス)に7位で入団した福本豊、そう、あの国民栄誉賞まで獲得した“正真正銘の”足のスペシャリスト・福本である。
ドラフト7位とはいえ即戦力として入団した福本は2年目の70年に1番・センターに定着、75盗塁をマークし初の盗塁王。彼はここから13年連続盗塁王に輝いて日本プロ野球史上に不滅の足跡を残したばかりでなく、72年にはモーリー・ウィルス(ドジャース)のメジャー記録を破る106盗塁を達成。もうまさに文字通り押しも押されもせぬ盗塁のスペシャリストとなったのだ。
と、これだけの実績を誇る福本だが、しかしこの福本、実は脚力自体は(もちろん水準をはるかに超えるレベルではあったのだろうが)少なくとも俊足組の範疇で比較した場合そう目をみはるほどのものではなかったようだ。
確か…私が学生のときのことだったと思うのだが、聞いた話では徒競走では福本には上がいたという。
聞けば福本よりもエースの山田久志とか、あの辺の方が速かった、という話を聞いた気がする。余談だが、星野仙一などはいざとなったら明大の先輩にあたり巨人では俊足として鳴らした高田繁に舌を巻かせるほど速かったというが、いくら脚力の強化が投手の絶対条件とはいえ、打席に立つこともなければ盗塁をすることもないため目立たないものの野手より投手の方が脚力があるということは意外に知られてはいないのではないだろうか。
それはともかく、飯島の場合とちがって福本の場合は少なくとも徒競走においては上がいたということだ。しかし上のいない飯島が平凡以下の成績に終わったのに対してではなぜトラックレースでは絶対ではなかった福本が大成したのか。それは福本に「盗塁は“目”でするもの」そういう持論があったからだ。
それをまた、次の記事で説明することとする。
一方で、奇しくもといおうか皮肉といおうか、ちょうど飯島と同期でプロに入った人間でとんでもない大物がいるのをご存知だろうか?いるのだ。誰であろう…
山田久志が1位、加藤秀司が2位で入団した阪急(現オリックス)に7位で入団した福本豊、そう、あの国民栄誉賞まで獲得した“正真正銘の”足のスペシャリスト・福本である。
ドラフト7位とはいえ即戦力として入団した福本は2年目の70年に1番・センターに定着、75盗塁をマークし初の盗塁王。彼はここから13年連続盗塁王に輝いて日本プロ野球史上に不滅の足跡を残したばかりでなく、72年にはモーリー・ウィルス(ドジャース)のメジャー記録を破る106盗塁を達成。もうまさに文字通り押しも押されもせぬ盗塁のスペシャリストとなったのだ。
と、これだけの実績を誇る福本だが、しかしこの福本、実は脚力自体は(もちろん水準をはるかに超えるレベルではあったのだろうが)少なくとも俊足組の範疇で比較した場合そう目をみはるほどのものではなかったようだ。
確か…私が学生のときのことだったと思うのだが、聞いた話では徒競走では福本には上がいたという。
聞けば福本よりもエースの山田久志とか、あの辺の方が速かった、という話を聞いた気がする。余談だが、星野仙一などはいざとなったら明大の先輩にあたり巨人では俊足として鳴らした高田繁に舌を巻かせるほど速かったというが、いくら脚力の強化が投手の絶対条件とはいえ、打席に立つこともなければ盗塁をすることもないため目立たないものの野手より投手の方が脚力があるということは意外に知られてはいないのではないだろうか。
それはともかく、飯島の場合とちがって福本の場合は少なくとも徒競走においては上がいたということだ。しかし上のいない飯島が平凡以下の成績に終わったのに対してではなぜトラックレースでは絶対ではなかった福本が大成したのか。それは福本に「盗塁は“目”でするもの」そういう持論があったからだ。
それをまた、次の記事で説明することとする。