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小泉改革 以来 患者教育は 廃れ
糖尿病教室も 形式的な ものに なりました。
コーゲヨーコさんも クロたんも 能力の ある人は
病院を 離れて しまいました。

東京女子医大でも この始末です。

この国は 何事でも 具体的に 教える事は 無く
執拗に 税金を取り立て
真綿で 首を絞めるが 如く 庶民を 殺す 国です。

天下りが 学閥を 守るため この様な 行政を するのです。
発言すれば 橋本市長の ように なります。
その様に 仕向けるのです。

本当に 絞り込む 必要が あるのでしょうか?
糖尿病では 患者自身で 
血糖値の 変動が 最良となるよう 創意工夫し
取捨選択すれば 良いと 思います。


東京女子医科大学
 
医療者はとかく医学的対応に追われがち

 はじめにチャプレンより、とある病院の病棟を定期的に訪問しているが、医療スタッフ間での話し合いは“医学”中心になりがちで、
そこに人間としての患者さんの生き方が全くでてこないことに
苛立ちを感じるということを述べられました。
 これは私自身も感じることですが、
病棟などでは特に患者さんの病状をよくするために
点滴や薬をどうするかという医学的な治療を考えることや、
いびきが大きい患者さんの病室をどこにするかなどという
実際的な問題で手一杯になります。
 なかなかその患者さんが退院してからの
生活や生き方にまで目を向けられません。

日々の生活で生じる問題、疑問
 しかしながら、このミーティングで患者さんが話されるのは、
やはり日々の生活についてです。
患者が知りたいのは入院中の血糖管理ではなく
不規則な日常生活で如何に血糖コントロールを保つかという点です
との指摘がありました。

このように毎日の生活の中での些細な出来事や不安に対して
医療スタッフはどこまで対処できるのか
またするべきなのでしょうか?

患者さんが病院にきて、本当に知りたい問いを
医療スタッフに気軽に聴くことができるような
人間関係と環境はどうように築かれるのでしょうか?

その時印象に残ったのが
ある女性の「糖尿病の原因が自分にもあるのでは…と
お母さんが自分自身を決して責めないでください。との言葉でした。
その気持ちはどうしても母から子に伝わり、
その子は糖尿病の話しをすると
お母さんを苦しませることになると考え、
相談相手がいなくなってしまうという理由でした。

 別の女性は発症間もない時の「あなた宝くじを買ってみれば…」という
お母様の一言を紹介してくださいました。
日本での15歳未満1型糖尿病発症率は
10万人に2人という低い確率ですが、
それになったのだから宝くじもあたるかもしれないという発想です。
ご両親の辛い気持ちは言葉で表現しようがありませんが、
あえてこのように発言できるお母様の大きさに
目からウロコがおちたように感じました。

東京女子医科大学 

私は 子育て中の 母親に 対し 血糖値の 調節方法 を教え
1型糖尿病に なっても 対策が あるのだから
冷静な 対応を するように 教える べきだと 思います。

私の ブログ程度の 知識でも 冷静に 対応 出来ると 思います。
知識が 無い事で ゆうつになり 人を 遠ざけ
正しい 情報から ますます 離れて 事態を 悪化させると 思います。 
情報不足の為 母親が パニック状態に なる事が
悪化を 進める 大きな 原因だと 思います。


反対ですか?
1型糖尿病の 母親と 話して 見ると
ただ オロオロするだけで
血糖値の 調節の 知識も 意欲も 全く ありません。
これでは 改善する 訳が ありません。

詠み人 知らず