糖尿病は 奇妙な 病気です。
自分が注射すれば 血糖値は80~120に 調節できます。
病院に入院すると 600(村田英雄? 歌手) または
1000以上の 高血糖にされ 昏睡を起こし 死んでしまう。
病院や医者を 増やしても 解決できません。
多数意見が 通用しない 世界です。
アジアの有能な人達の 助けが 必要です。
「ジョク ソウ」という 漢字が書けないから と 言って
帰国させて しまう様な 形式的な国では 解決できません。
血糖値上昇の 主要原因が 炭水化物である。
米飯 砂糖 ジャガイモ粉末 だと 突き止めた頃の
パソコンのPC-9821 が 動いていた 頃の
私の脳ミソが 動いていた頃の 大昔のメモです。
今でも明治時代の 森鴎外 の如く
否定する 医療関係者は 多いです。
あなたの 知らない 怖い世界です。
私の過去:
糖尿が怖い病気だと感じたのは作業中に
ワイヤーロープの切れ端が手に刺さったのです。
ちょうどインスリン注射の針が手に刺さったような状態で
農作業をするものにとって 何でもないことでした。
ところが。。。。。
かなり痛みがある上に 赤黒くはれて
なおる様子が 全く無かったのです。
チェンソーで 足を切ったことのある 私にとって
問題にならない 外傷だっただけに
こんな針で突いたようなきずで
こんなことになる
もっと大きい外傷だと、どうなるかと思うと
ゾットしたのです。
早速病院に行きました。
先生も心配して 毎日通院するように言われました。
幸い外科の先生だったので処置もよく
10日ほどで完治しました。
1~2年前の健康診断で血糖値が高いと
言われていました。
こんな恐ろしい病気とは知らず
放置していたのです。
結局 ブドウ糖負荷試験をして
糖尿のくすりを 貰うことになりました。
私には悪い癖があって 器械ものをすぐに買ってしまうのです。
ある日新聞に大きな広告が出ていました。
京都第一科学の血糖値測定器です。
それを見たとき、手に入れなければならないと 思いました。
その広告を持って薬局へ行きましたが
さっぱり話が通じません。
手に入れる方法が無いのです。
幸い、病院などに 医療機械を収める会社の
社長さんと面識があるのを思い出しました。
入手先を調査し 紹介してもらいました。
器械は 何年も使えるので高いとは 思いません。
しかし消耗品のバイオセンサーは1箱
3500円ぐらいで大きな負担になります。
労働省?は雇用促進の大義名分で グリーピアとか
仕事館などを 作っており 維持費に お金が掛かるだけで
経済効果は低いと言われています。
自分のデータを公開するような人には
測定チップに対して 補助しても良いと思います。
患者の言うことは 何も聞かない評価しないという、
かたくなな態度が 事態を悪化させていると思います。
健康診断で血糖値が高いと言われた人には
保健婦さんなどの助言を受けるとか
ビデオを見せるとか 教育入院させるとか
昔の結核予防会並みの
もっときちんとした処置をすべきです。
制御状態の良い、患者がボランティアで
教えるようにするとか、行政さえ しっかりすれば
、かなり改善するはずです。
重症になるまで放置して 不必要な医療費が
たくさん掛かるような やり方に対し
つよい不満を感じます。
血糖値測定器を手に入れた私は
どのようにして血糖値があがるのか
食後1~2時間程度で 測定しました。
食事の知識が まったく無かったので 毎回230前後でした。
週に2回ぐらい、外食する習慣が あり
お決まりのメニューは ステーキ定食でした。
食後 測定してみると 血糖値が380ありました。
そこで食べる度に 食材を1品づつ 減らしてゆきました。
原因は ニンジン、たまねぎ、さやえんどうではなく
マッシュポテトを 除いて食べたとき
血糖値は230位で いつもと変わらぬ値でした。
地方での治療に 限界を感じたのと
、もっと知識を学びたいと 思い 大学病院に行ったのです。
1996年4月2日
診断の結果とても悪い状態
ヘモグロビンA1cが6.9%
空腹時血糖値が120~140
即座に入院するように言われたのです。
農作業が忙しくなる時期だったので
困ったなと思いましたが 命にかかわると言われたのと
針でついたような傷で 困ったことがあるので 入院を決めました。
着替えや洗面用具、入院に必要なものを揃え
とにかく この問題を解けるのは コンピュ-タしかないと思い
ノートパソコンを用意すると かなりな荷物となりました。
軽自動車に荷物を積み込み いつでも出発出来るようにした頃
婦長さんから 電話が掛かってきました。
農閑期で 入院していた人たち 100人近くが すべて退院し、
春なので熟練した スタッフも入れ替わり
貴方一人のため 教育入院のプログラムを 実行することは無理だから、
入院を秋まで延ばしてくれという
もっともな意見でした。
私にとっても都合の良い話でしたので
承知して入院の荷物を降ろしているとき
また電話が掛かってきました。
「あの患者を秋までほって置けないから
すぐ入院させるように」と先生が指示されたという 電話でした。
再び荷物を 積み込み病院に 向かいました。
ひろい病室に 糖尿患者は 私一人でした。
すぐに婦長さんが 来られて満足の行く教育が
出来ないことを 詫びにこられたのですが
今考えると 貸しきり状態の 教育入院が 雑念が入らなくて、
とてもよかったのです。
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病院に入院すると 600(村田英雄? 歌手) または
1000以上の 高血糖にされ 昏睡を起こし 死んでしまう。
病院や医者を 増やしても 解決できません。
多数意見が 通用しない 世界です。
アジアの有能な人達の 助けが 必要です。
「ジョク ソウ」という 漢字が書けないから と 言って
帰国させて しまう様な 形式的な国では 解決できません。
血糖値上昇の 主要原因が 炭水化物である。
米飯 砂糖 ジャガイモ粉末 だと 突き止めた頃の
パソコンのPC-9821 が 動いていた 頃の
私の脳ミソが 動いていた頃の 大昔のメモです。
今でも明治時代の 森鴎外 の如く
否定する 医療関係者は 多いです。
あなたの 知らない 怖い世界です。
私の過去:
糖尿が怖い病気だと感じたのは作業中に
ワイヤーロープの切れ端が手に刺さったのです。
ちょうどインスリン注射の針が手に刺さったような状態で
農作業をするものにとって 何でもないことでした。
ところが。。。。。
かなり痛みがある上に 赤黒くはれて
なおる様子が 全く無かったのです。
チェンソーで 足を切ったことのある 私にとって
問題にならない 外傷だっただけに
こんな針で突いたようなきずで
こんなことになる
もっと大きい外傷だと、どうなるかと思うと
ゾットしたのです。
早速病院に行きました。
先生も心配して 毎日通院するように言われました。
幸い外科の先生だったので処置もよく
10日ほどで完治しました。
1~2年前の健康診断で血糖値が高いと
言われていました。
こんな恐ろしい病気とは知らず
放置していたのです。
結局 ブドウ糖負荷試験をして
糖尿のくすりを 貰うことになりました。
私には悪い癖があって 器械ものをすぐに買ってしまうのです。
ある日新聞に大きな広告が出ていました。
京都第一科学の血糖値測定器です。
それを見たとき、手に入れなければならないと 思いました。
その広告を持って薬局へ行きましたが
さっぱり話が通じません。
手に入れる方法が無いのです。
幸い、病院などに 医療機械を収める会社の
社長さんと面識があるのを思い出しました。
入手先を調査し 紹介してもらいました。
器械は 何年も使えるので高いとは 思いません。
しかし消耗品のバイオセンサーは1箱
3500円ぐらいで大きな負担になります。
労働省?は雇用促進の大義名分で グリーピアとか
仕事館などを 作っており 維持費に お金が掛かるだけで
経済効果は低いと言われています。
自分のデータを公開するような人には
測定チップに対して 補助しても良いと思います。
患者の言うことは 何も聞かない評価しないという、
かたくなな態度が 事態を悪化させていると思います。
健康診断で血糖値が高いと言われた人には
保健婦さんなどの助言を受けるとか
ビデオを見せるとか 教育入院させるとか
昔の結核予防会並みの
もっときちんとした処置をすべきです。
制御状態の良い、患者がボランティアで
教えるようにするとか、行政さえ しっかりすれば
、かなり改善するはずです。
重症になるまで放置して 不必要な医療費が
たくさん掛かるような やり方に対し
つよい不満を感じます。
血糖値測定器を手に入れた私は
どのようにして血糖値があがるのか
食後1~2時間程度で 測定しました。
食事の知識が まったく無かったので 毎回230前後でした。
週に2回ぐらい、外食する習慣が あり
お決まりのメニューは ステーキ定食でした。
食後 測定してみると 血糖値が380ありました。
そこで食べる度に 食材を1品づつ 減らしてゆきました。
原因は ニンジン、たまねぎ、さやえんどうではなく
マッシュポテトを 除いて食べたとき
血糖値は230位で いつもと変わらぬ値でした。
地方での治療に 限界を感じたのと
、もっと知識を学びたいと 思い 大学病院に行ったのです。
1996年4月2日
診断の結果とても悪い状態
ヘモグロビンA1cが6.9%
空腹時血糖値が120~140
即座に入院するように言われたのです。
農作業が忙しくなる時期だったので
困ったなと思いましたが 命にかかわると言われたのと
針でついたような傷で 困ったことがあるので 入院を決めました。
着替えや洗面用具、入院に必要なものを揃え
とにかく この問題を解けるのは コンピュ-タしかないと思い
ノートパソコンを用意すると かなりな荷物となりました。
軽自動車に荷物を積み込み いつでも出発出来るようにした頃
婦長さんから 電話が掛かってきました。
農閑期で 入院していた人たち 100人近くが すべて退院し、
春なので熟練した スタッフも入れ替わり
貴方一人のため 教育入院のプログラムを 実行することは無理だから、
入院を秋まで延ばしてくれという
もっともな意見でした。
私にとっても都合の良い話でしたので
承知して入院の荷物を降ろしているとき
また電話が掛かってきました。
「あの患者を秋までほって置けないから
すぐ入院させるように」と先生が指示されたという 電話でした。
再び荷物を 積み込み病院に 向かいました。
ひろい病室に 糖尿患者は 私一人でした。
すぐに婦長さんが 来られて満足の行く教育が
出来ないことを 詫びにこられたのですが
今考えると 貸しきり状態の 教育入院が 雑念が入らなくて、
とてもよかったのです。
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